佐々木倫子『おたんこナース』6巻 小学館 1998年

 さて6巻,最終巻です。連載は3年ほどですが,作中の時間経過は1年のようで,主人公・似鳥ユキエが2年目を迎える,というところでフィナーレです。

 この巻で,一番興味深く読めたのが「カルテ33 症例検討会」です。とある入院患者の原因不明の発熱が仮病であることが判明,そのことが医師と看護婦との間に積もり積もった確執をあらわにすることになり・・・,というエピソードです。
 ここで描かれる「医師と看護婦」との関係は,他の業界でもよく見られることではないかと思います。そこには「男性メイン,女性サポート」というジェンダーの問題も絡み合ってくるので,よけい問題は複雑になるのでしょう。寝ているところに毛布を掛けてもらった医師が,看護婦に「女性らしい気遣い」とお礼を言うのに対し,「同僚としての気遣い」と反論する看護婦。「同僚」,つまりひとりの対等な人間としての評価よりも,女性であることが先行してしまうということ,本人は褒めているつもりでも,それが相手の人間性をないがしろにしてしまうということ,なかなか考えさせるエピソードです。

 「カルテ34 恨みながら死んだ人」も考えさせられました。末期癌で余命いくばくもない女性患者は,看護婦をつかまえては「恨んでやる」と罵り・・・,というお話。
 死にゆく者に対して,わたしたちはどう接したらよいのか? どういう言葉をかけたらいいのか? 「死」が病院の中に隔離され,わたしたちの目前から隠されている今日,死にゆく者に日常的に接しざるを得ない看護婦や医師は,その問いを真正面から受けねばならないのでしょう。しかしそれをいつまでも看護婦や医師たちに肩代わりさせていていいのでしょうか?

 それからおもしろかったのが,「601号室からは生きて出られない」そんな噂が飛び交う中,その601号室に病院の守衛さんが入院し・・・,という「カルテ32 病院内で飛ぶ噂」
 病院では(怪談を含め)いろいろな噂が飛び交うものなのでしょう(そこらへんはゆのひらさん@湯の平便りがお詳しいでしょう)。それは「死」や「病」に密接に触れる機会の多い病院という場の特殊性もあるのでしょうが,それとともに,噂をする側,つまり入院患者が抱える「不安」という要素も大きく働いているということを,この作品であらためて気づかされました。
 ところで「噂」を消すために,別の「噂」を流すという手法は,じつは一番効果的な方法らしいですね。単なる「噂の否定」だけでは,逆にその噂の「真実味」が増してしまうそうですから。

 ただちょっと残念だったのが,「カルテ31 ライバルは看護学生」。看護学生の実習を受け入れた病院。似鳥は,看護学校はじまって以来の秀才・一条の面倒をみることになり・・・,というお話です。
 「秀才理論派」の一条と,「経験肉体派(笑)」の似鳥との対決を軸としたエピソード。理論vs実践みたいな,けっこうおもしろいシチュエーションですし,前編後編の比較的長いお話なのですが,いまひとつもの足りないものがありました。「理論より実践よ!」という感じで,似鳥をあんまり持ち上げてしまうのもたしかに考えものですが,似鳥の感情的な部分が強調され過ぎているきらいがあり,両者がうまくかみ合っていないようです。もうちょっとすっきり描いてほしかったところです。

98/09/08

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