山岸凉子『押し入れ』講談社 1998年

 短編4編と,「マイ・ブーム」と題されたあとがき(?)をおさめています。

「夜の馬」
 病院の中,死に瀕した男が見た光景とは…
 「臨死体験ネタ」かな,と思いきや,話は「薬害エイズ」へとつながっています。山岸作品には,原爆をテーマにした「夏の寓話」,原発問題をあつかった「パエトーン」など,ときおり社会問題をとりあげたものが見られます。この作品もその系列に属するものなのでしょう。作者のこの問題に対する怒りが伝わってくる作品ではありますが,個人的には,このような「因果応報譚」的な描き方には,ちょっと馴染めないところがあります。
「メディア」
 短大生・有村ひとみは,過保護の母親から独立しようと秘かに決心するのだが…
 こちらも,この作者がよく取り上げる「親子関係」がテーマになっています。「母親を殺したくない」と思うがゆえに独立しようとする娘が,その母親に殺されてしまうというエンディングは,あまりに暗く,救いがありません。「親から独立できない子ども」「親への依存心が抜けきらない子ども」,そういった言い回しはしばしば耳にしますが,「親子」が「関係」である以上,それは「子どもから独立できない親」「子に依存する親」ということの裏返しの表現なのでしょう。
「押し入れ」
 さてこちらは「ゆうれい談」の系統,いわば「ほんとにあった怖い話」です。といっても,作者自身の体験ではなく,M先生(あの『ガ○ス○仮○』で有名な!)のアシスタントが経験したお話です。「なぜ電気炬燵にいつのまにかスイッチがはいっていたのか?」という謎に対する,作者のなにげない一言が「ぞくり」とさせられます。それと中身の絵柄とまったくタッチが違う表紙(これは本書のカヴァにも用いられています)は,なんとも不気味です。
 「押し入れ」というと,子どもの頃のかくれんぼの定番ですが,あの温みのある真っ暗な空間というのは,大人になっても,どこか心の底に残っているでしょう。だからこそ,そこに潜む「何者か」というのは,原初的な恐怖を呼び起こすのかもしれません。
 ところで冒頭に書かれた一文,「皆さん(=読者)が生まれてもいない20年も前の話なのです」って・・・,すでに生まれてた読者もいるんですよぉ(笑)。
 しかしなんでこの作品が本書のタイトルなんだ????
「雨女」
 あなたがわたしと結婚したのは財産目当てであることはわかっていた。わかっていたけれど…
 死者をまるで生きているかのように描く,これもこの作者の作品によく見られる手法ですね(う〜む,この作品集,この作者十八番の「土俵」に乗った作品が集まってますねぇ)。途中でうすうす見当はつくものの,主人公が「立ち上がれない」というところの謎解き(?)は,ショッキングです。ページをめくって1コマ目,という描き方が巧いですよね。
 ベースは明らかに「三浦和義事件」です。初版は1998年4月13日,無罪判決(7月1日)の前か…,なるほど…
「マイ・ブーム」
 30数年ぶりにクラシック・バレエを始めたという,作者のあとがき的エッセイです。そうか,この作者,子どもの頃バレエをしていたんですね。だから『アラベスク』で,あれほど優美な絵が描けたのでしょう。

98/08/04

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