夢枕獏・岡野玲子『陰陽師』7巻 スコラ 1998年

 稀代の陰陽師・安倍清明と,友人の源博雅が出会う,平安京の闇に潜む怪異,怨霊,魑魅魍魎たちを描いたシリーズの第7巻です。
 こういった短編シリーズものというのは,ひとつのエピソードがしだいに長くなる傾向がありますが,この作品も,この巻でついに1巻1エピソード,「菅公 女房歌合わせを賭けて囲碁に敵(あた)らむ」です。菅公,菅原道真といえば,いまでこそ「学問の神様」として,平和な余生(?)を送っていますが,平安時代では,もっとも恐れられた最大の怨霊(<ちゃんと調べたのか,をい!),ですから彼がメインとなるエピソードならば,やはりこれくらいの長さが必要なのかもしれません。もっとも,さすがの菅公も,このシリーズ準レギュラの不思議な少女・真葛にかかれば,
「おまえか! 大宰府に送られてめそめそ詩を書いていたオヤジは!」
ということです^^;;(ところで内容と関係ないんですが,福岡在住の頃,毎年のように太宰府天満宮に初詣に行っていたので,菅公には,けっこう親しみがあるんですよね(笑))。

 さて物語の舞台は,天徳四年(西暦960年),村上天皇の発案で開かれた「女房内裏歌合わせ」。「帝のピチピチのお気に入り」(笑)の女房たちが左右に分かれ,それぞれ歌を競い合うという趣向,博雅は「右方」の「講師(詠み人,でいいのかな?)」に天皇直々に選ばれます。ところが,その歌合わせにちょっかいをかける菅公,それを阻止しようとする清明,というお話です。
 この作品では,サブタイトルにありますように「囲碁」がメインモチーフになります。囲碁というと「五目並べ」くらいしか知らないのでなんとも言えませんが,どうやら碁盤に切られた19×19本の線が,「世界」「宇宙」を象徴しているようです。そしてその碁盤の上に打たれる黒と白(陰と陽)の碁石の配置によって,「宇宙」で起こる「森羅万象」が描き出されるのでしょう。それはまた,その名の通り「碁盤目状」に区切られた平安京のメタファでもあるのかもしれません(いやむしろ,平安京こそが「碁盤=宇宙」のメタファなのかな?)。

 ところでこの「歌合わせ」,一応「競い合う」ということになっていますが,身分の高い左方の勝ちが決まっている,いわば「出来レース」。さらに,左方の歌人・壬生忠見が全身全霊を込めてつくった歌,
「恋いすてふわが名はまだき立ちにけり 人しれずこそ思いそめしか」
(小倉百人一首でしたね,たしか・・・。いまいち自信がない・・・)
は,「政治的配慮」のもとに「負け」を宣告され,忠見は,悔しさのあまり悶死してしまいます。そして彼の魂を「鬼」にするべく菅公が狙う,とストーリィは展開していきます。
 「たかが歌で悶死とは?」というのは,きっと現代の感覚なんでしょうね。しかし似たようなことはきっと,形を変えながらも,今の世にもあるのかもしれません。一見,雅で華やかな宮廷生活の背後に渦巻く,ドロドロとした怨念,情念,恨み辛み。だからこそ,清明のような陰陽師が必要とされるのだと思います。では,今の「陰陽師」はいったいどこにいるのでしょうか?

 それにしても,清明が博雅を評するセリフ。
「他人を救って自らは墓穴を掘る・・・そのような特殊能力のあらわれもあるさ・・・」
 やっぱり博雅は「好漢(よきおとこ)」ですね(笑)。

98/06/08

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