楠桂『鬼切丸』19巻 小学館 2000年

 3編を収録しています。

「虚鬼の章」
 転校生の由比子は,同級生から,団地の1212号室の子と仲良くできたら,いじめをやめると言われるが,その部屋の子どもはすでに亡く…
 人は,相手に好かれたいがために,自分にとって不本意なことをすることがあります。ときに「悪」であると知っていながらも,あえて行うことさえあります。由比子が,同級生から好かれたい一心で,1212号室に向かう行為と,その1212号室に“棲む”鬼となった少女が,由比子に好かれたいために,つぎつぎと由比子をいじめる同級生たちを殺害する行為は,結果としてあまりに違いますが,ベクトルとしては相似たものがあるように思います。それゆえにこそ,鬼となった少女の死に際のセリフ―「初めての交換日記・・・初めてのともだち・・・」が哀しく響きます。

「鬼子母神の章」
 子どもが生まれず,「石女(うまづめ)」と罵られた女は,見知らぬ神社に願掛けに行ったのち,念願の子どもを授かるが…
 久しぶりの「江戸時代編」です。かつてこのシリーズで,子どもが生まれない夫婦が,やはり「鬼の子」を授かるというエピソードがありましたが,子どもを生まない(生めない)女性に対する抑圧は,江戸時代の方が,現代よりもはるかに強かったでしょう(「三年,子を産まずば去れ」なんて言われた時代ですから)。そんなプレッシャの中,「鬼の子」を生んだ母親の苦悩を,丁寧なタッチで描き込んでいます。とくに息子(鬼)千代の介のために,幼子を誘拐しようとして,その息子が喰い殺した少女の母親の投身自殺を目撃し,みずからの行為の恐ろしさを知るシーンは秀逸です。そんな描写があるからこそ,ラストで,みずからのレゾン・デテールである「鬼殺し」を放棄した「鬼切丸」の選択が説得力を持つのでしょう。

「鬼麗の章」
 学校で一番美しい安奈。しかし,長いこと病欠していた少女・きみかが復学してから,彼女の美しさが評判となり…
 わたしは,嫉妬という感情を一概に否定するものではありません。ときに嫉妬は,みずからを向上させようとするパワーの源にもなりえるからです。しかし同時に,嫉妬という感情は,その対象を貶めたり,排除したりすることで満たされてしまうことが往々にしてあります。本編は,『白雪姫』に代表されるように,他の美女に対する嫉妬が,女性を「鬼」に変えるという,古来から繰り返し語られてきたモチーフをメインにしていますが,このエピソードのおもしろさは,そんなプラスにも向かい得る「嫉妬」という感情を,ひたすらマイナスの方向へ―破滅の方向へと導く,もうひとりの「鬼」を設定している点でしょう。鬼女鬼魅香は言います。
「わたしはただ殺されただけのあわれな女よ。嫉妬からぐちゃぐちゃに殺されたのよ。わたしは何もしてないわ」
 そう,真なる「鬼」は,みずから手を下すことなく,人の嫉妬や欲望や憎悪といったダークな部分を増幅させ,流れ出す道筋を作り,人を破滅に追いやる存在なのかもしれません。

 さて,カヴァ裏の「作者の言葉」によれば,「『鬼切丸』もいよいよクライマックスへ」とのこと。この鬼魅香との対決が,この作者の一番長いシリーズ作品の終幕となるのでしょうか? これまでに出てきたさまざまなキャラクタ―鬼姫鈴鹿御前や,「鬼喰い」の幻雄,ジャーナリストの後藤沙英―なども絡んできてくれるとうれしいですね(個人的には,とくに後藤沙英おねーさまの復活を望みます(笑))。

00/11/11

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