楠桂『鬼切丸』15巻 小学館 1998年

 さてこのシリーズも早15巻,最初のエピソードが1989年ですから,10年近いロングランです。この作者の作品としては,一番長いのではないでしょうか?
 ですから,最初の頃に比べると絵柄がずいぶん変わりましたね(長期連載ではよくあることですが)。キャラクタがずいぶんとスレンダになりましたし,目の表現がずいぶん変化したようです。大きくなって,たれ目になりました(笑)。とくにこの巻では,目の周辺の皺が強調されていて,よりいっそう凄みを増した感じです。
 この巻には3編が収録されています。

「鬼弔いの章」
 旧家・香寿家では,若くして死んだ女は「守り鬼」の花嫁になるという。それゆえ繁栄を約束されるが,その背後には…
 花嫁衣装が「白」ならば,死者の着る衣装も「白」。ふたつにはなにか通じるものがあるのかもしれません。どこかで読んだ記憶があるのですが,アイヌの民族衣装が複雑多彩な文様で埋められているのは,隙間(空白)から悪霊が入り込むのを防ぐためだそうです。ですから,逆に「白」は聖なる色であるとともに,魔的なものを呼び込むのかもしれません(う〜む,かなり強引だなぁ(笑))。
 それはともかく,このエピソードでは,鬼を利用しているつもりで利用され,人の姿をとどめながら,さながら鬼のごとく振る舞う一族の悲劇が描かれています。心の奥底に潜む「闇」の力のために,鬼と化してしまう人々を描いてきた本シリーズではありますが,鬼以上に鬼のような,この一族の姿,とくに「一族のため」と称しつつ,みずからの欲望を満たそうとする祖母と母親の姿は,あらためて鬼以上に恐ろしいのは人,ということを示しているのかもしれません。
「讐鬼の章」
 人の姿をした鬼・鈴鹿御前は,女子高生として生活を送り始めるが,彼女の通う高校には鬼の気配に満ち…
 前巻で活躍した鬼ならぬ鬼鈴鹿御前の再登場です(やっぱり…)。このエピソードでは「鬼弔いの章」とは逆に,いじめにあって自殺した姉の復讐のために鬼になってしまう妹を,姉の霊が救います。「なぜだろうな鬼切よ・・・。自分すら救えなかった人間が妹を守るなんて」という鈴鹿の問いに,「だからこそ鬼は,人間にはかなわないのさ」と答える鬼切丸の少年。人は鬼にもなれるように,鬼をも救うことができる存在なのかもしれません。
「付喪鬼の章」
 母親の死んだ家庭に家政婦としてつとめる葵。だがその家では家政婦に恐ろしい出来事が起きるという…
 ここではまた,人間と鬼との関係の異なる側面が描かれます。夫と子供を愛するがゆえに鬼と化した母親,そして鬼となってもなお妻を受け入れる夫。それはそれでひとつの「愛」の形なのかもしれません。ラストで,その夫からプロポーズされた葵は,それを断り,思います。「嫉妬に狂いきっと私も鬼になる」と・・・。人は鬼になることもできるように,鬼にならないことを選択することも可能なのでしょう。たとえそれが哀しい選択であったとしても・・・。

98/10/03

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