諸星大二郎『栞と紙魚子 何かが街にやって来る』朝日ソノラマ 2004年

 文庫化もはじまった好評シリーズの第5集です。短編5編,中編1編を収録しています。

「烏賊井さんの逡巡」
 段先生の担当編集者・烏賊井は,胃の頭町の「七不思議」を取材するが…
 舞台となっている胃の頭町そのものが不可思議な存在なので,「七不思議」があるということ自体が不思議ですね(笑) オーソドクスなライン・アップでありながら,そこに世俗的な面白味を加えているところがミソ。とくにおいでおいでは秀逸。
「犬魔の秘宝 「ねこや繁盛記」より」
 「ねこや」にもたらされた埋蔵金の地図。お宝求めて犬魔ヶ岳に登った猫(?)たちは…
 の飼い猫ボリスが,骨董屋ねこやの主人という「もうひとつの顔(?)」を持っていることはすでに既定のことですが,ここへきて,主人公に大抜擢です(笑) スラプスティクではありますが,「生類憐れみの令」の復活をもくろむという,犬の魔物の設定がおもしろいですね。
「ゼノ奥さんのお茶」
 ゼノ奥さんの庭に迷い込んだ少女が,そこに「忘れてきた」ものとは…
 「人が忘れるのは忘れたいからである」などという,まことしやかな言葉がありますが,ゼノ奥さんの最後のセリフ「ほんとにお茶のせいなのかしら? ああいう忘れものをする人たちって…」は,意味深長ですね。ユーモア的味付けはあるものの,どこかしんみりとしたものが感じられるのは,わたしが「記憶ものミステリ・ホラー」の愛好者だからでしょうか?
「井戸の中歌詠む魚」
 家の改築のため,一時的に住むことになった借家には…
 この作者の得意とする伝奇作品には,一見関係なさそうなものを,いかに結びつけるか?という「ミステリ的想像力」が必要とされると思います。古い家に残された短歌を手がかりとしながら,過去に起きた事件を推理していく本編の展開は,すぐれてミステリ的といえましょう。理詰めの末に,幻想的な世界へと広がっていくラストともあわせ,本集中,一番楽しめました。
「魔術」
 女子高生が,野犬(?)に惨殺された事件の背後には,不気味な絵画部生徒の影が…
 ユーモアが持ち味のひとつの本シリーズでは,ひさしぶりのストレートなオカルト・ホラーです。朝松健の作品を彷彿とさせますね。
「何かが街にやってくる」
 胃の頭町からムルムルや犬猫が姿を消し,代わりに奇妙な生き物たちが現れ始めた…
 上で,この作者の「ミステリ的想像力」について書きましたが,こちらはむしろ「SF的想像力」がベースになっていると思われます。タイトルは,言うまでもなくレイ・ブラッドベリ「何かが道をやってくる」のパロディですし,基盤となっている設定は,ジャック・フィニイ『盗まれた町』を思い出させます。その一方で,侵略してきた西洋の妖怪たちと,日本の妖怪たちが戦う『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大戦争』にも似た雰囲気があるのは,この作者特有の絵柄に負うところが大きいのかもしれません。キトラさん段先生の奥さん(「七不思議」のひとつ(笑)),鴻鳥知子といった脇キャラを,有機的に織り込んでのストーリィ展開は,じつに巧いですね。

04/02/28

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