漆原友紀『蟲師』4巻 講談社 2003年

 「凍山に芽吹く幻の春 雪路の灯る家のあかり それらは逃れ難く長居を誘う けものも虫も 人も同様」(本書「春と嘯く」より)

 本シリーズもはや(?)4巻。5編を収録しています。

「虚繭取り」
 “虚穴”に取り込まれた双子の妹を,少女は待ち続ける…
 「空虚」の中に“人ならざるもの”が宿るというモチーフは,古くは『竹取物語』かぐや姫があり,また桃太郎もまた同様のモチーフと言えましょう。その「虚」をベースにしながらの物語ですが,まず玉繭の「虚」を用いて,蟲師と連絡を取るという奇想がすばらしいですね。さらに綺(あや)の妹緒(いと)が“虚穴”へと迷い込んでしまうきっかけの作り方も巧いですし(「なるほど,こういう風に密閉空間を作ったのか」と感服),“虚穴”の巨大さゆえに哀しみに打ちひしがれる綺,そしてツイストを利かした民話風のエンディングと,ストーリィ・テリングも絶妙です。本集で一番楽しめました。
「一夜橋」
 駆け落ちの最中,谷に落ちた女は,奇跡的に助かるが…
 子どもの頃,母親から「あの橋の向こうに行ってはいけない」と言われたことがあります。要するに迷子になることを恐れての言なのでしょうが,幼いわたしにとって「橋の向こう」とは,まさに「異界」そのものであったように思います。そのせいか「橋を渡る」という行為には,どこか「あちら側」に行くというニュアンスが,今でもつきまとっているように思います。ですから,主人公の男が橋を渡ろうとするときの戸惑いに,なにやらシンパシィのようなものを感じてしまいます。ところで,作者が「あとがき」で書いているように,イメージの元となったのが,徳島県祖谷(いや)のかずら橋で,わたしも一度ぜひ行ってみたい場所のひとつです(いまだ四国に渡ったことがない(T_T))。
「春と嘯く」
 「まがいものの春」に取り憑かれた少年は…
 本編のメインは「まがいものの春」ではあるのですが,むしろ作品の基調となっているのは,すずギンコに寄せるほのかな恋心のせつなさでしょう。蟲を招き寄せてしまう体質のためにひとつの場所にいられないギンコ。そんな彼が「山の様子しだいだが…」と,逗留を告げたときの,嬉しさをにじませたすずの表情が印象的です。あるいはまた,冒頭に引用したラストのモノローグ…それは,すずの気持ちを察しながらも離れなければならないギンコのやるせなさを表しているのでしょう。
「籠のなか」
 竹林で休むギンコの前に,奇妙な男が現れ…
 竹林の持つ一種独特の雰囲気−竹と竹の間に竹があり,さらにその間に竹があるという,開放的でありそうでいて,妙に閉鎖的な雰囲気を上手に表現しています。また竹林が「ひとつの竹」で成り立っているという本編での説明も,その「閉鎖性」を増幅させているように思えます。内容的には,いわゆる「異類婚姻譚」のお話。自分のせいで,愛する男を閉じこめてしまったことを知ってしまった女の哀しみが心にしみます。
「草を踏む音」
 その山を守る家の跡取り息子は,“ワタリのイサザ”という少年に出会う…
 かつて日本列島には,さまざまな「漂白の民」がいたと言われています。各地の祭礼に欠かすことのできない芸能の民,鉱山を求めて旅する山師たち,救いと癒しを求め,あるいは施す求道者たち…本シリーズの蟲師もまた,そんな「漂白の民」の一員として設定されているのでしょう。定住者である少年沢(たく)と,漂白の民であるイサザとの,つかの間の邂逅と別れ,そして時を距てての“再会”を,近代という時代の流れの中で,哀愁と清々しさを織り交ぜながら鮮やかに描き出しています。

03/11/01

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