星野之宣『宗像教授伝奇考 特別版』潮出版社 2002年

 本シリーズは,TBS系列において2000年11月に高橋英樹主演でテレビ・ドラマ化されましたが,それにあわせて発表されたエピソード「龍神都市」を中心とした「特別版」です。テレビ・ドラマの方は,ややコメディ色を強調しすぎたきらいがあり,原作のファンとしてはいささか不満の残るものではありましたが,どのような形であれ,また一時的とはいえ,復活してくれるのはうれしいですね(ところで「帯」に,テレビ・ドラマがシリーズ化されると書かれているんですが,どうなるんでしょう? 期待より不安が先立ちますね,正直なところーー;;)。
 「龍神都市」のほか,書き下ろし(なんと70ページ!)のシリーズ新作「蛇神融合」,独立した伝奇短編「土の女」「マレビトの仮面」を加え,さらに巻末には「星野之宣×諸星大二郎」の対談という豪華版。ファンには垂涎の1冊と申せましょう。

「龍神都市」
 スキャンダルで揺れる東亜文化大学の学長から,飛鳥時代をめぐる3つの謎解きを求められた宗像教授は…
 まず個人的にうれしいのは,「干支シリーズ」をライフワークとする(笑)女性編集者池麗美奈嬢の復活ですね(笑) 今回もお得意の「失神」をたっぷり見せてくれます^^;; (でも結婚したから,正確には「池くん」ではなく「竜胆くん」のはずですが,一貫して「池くん」になってますね。おそらく,旦那の竜胆助教授と区別するためなのでしょう)
 ま,それはともかく……今回のお題は,タイトルにありますように「龍」です。日本古代に「龍」がどのように絡むのか? 壬申の乱や,その後の天武天皇をめぐる,作者の伝奇的想像力は健在です。本編には3つの謎が登場しますが,最初のふたつ‐『日本書紀』中の不可思議な記述,大海人皇子軍の移動ルートの謎‐は,どちらかといえば「前ふり」といった感じで,メインとなるのは,やはり3つめの藤原宮に関する謎でしょう。しばしば日本古代の都については風水思想との結びつきが取りざたされますが,そこに「龍」と地震を絡ませたところがユニークですね。
 で,今回改めて思ったのが,この作者の幻想的なシーンの使い方の上手さです。たとえば大海人皇子軍が,近江の大友皇子を攻めるルートを「龍」の形に模したり,また地震によってできる地面の巨大なひび割れを「龍」に見立てて天武天皇を襲わせたり,と,形象化しにくいシーンをじつに巧みに描き出しています。
「蛇神融合」
 入院した教授の代わりに,「干支シリーズ」の取材旅行に出た竜胆夫妻が行方不明に!
 行方不明になった竜胆夫妻を,宗像教授が,竜胆助教授が「考えたであろう仮説」を復元しながら追跡するという,ミステリ・タッチな1編。「蛇信仰」をめぐる伝奇ものはときおり見かけますが(やはり蛇の姿態が不気味さを増幅させるからでしょうか?),本編の特徴は,蛇は蛇でも「海蛇」に着目した点と,腕を引き抜かれたタケミナカタの身体から「海蛇」へと結びつける映像的なインパクトにあるといえましょう(「蛇」と「諏訪」とくれば,どうしても諸星大二郎『暗黒神話』を彷彿とさせますが,同じ素材を扱いながら「想像力の指向性」はやはりかなり違いますね)。
「土の女」
 小笠原の孤島で,縄文時代の土偶を掘り出した男は,奇妙な世界にまぎれこみ…
 巻末の対談の影響でしょうか,不必要なほど諸星作品への連想が働いてしまいます。現代と縄文時代が不可思議に交錯するする諸星作品としては「闇の中の仮面の顔」がありますね。諸星作品で時代を超えたものは「恨み」であり「憎悪」ですが,こちらは「愛」です。SF設定のラヴ・ストーリィの秀作を数多く発表しているこの作者だけに,伝奇作品でも似たようなテイストになるのかもしれません。時間テーマSFにも近い感じがしますね。
「マレビトの仮面」
 学校でのいじめを逃れてM島の高校に転校した美和。しかしそこで彼女を待っていたのは…
 初出誌が『ホラーM』というホラー雑誌のせいでしょうか,この作者にはめずらしいスプラッタ色の濃い作品になっています(編集部から「ノルマ」が課せられたのかなぁ…) もともとシャープな絵柄の作家さんだけに,そのスプラッタ・シーンもかなり迫力があります。陰惨なラストも想像したのですが,そうではないとはいえ,これはこれで,なかなか不気味なものがありますね。「マレビト」に託された「サイレント・マジョリティ」の悪意・憎悪とでも言いましょうか…
「スペシャル対談 星野之宣×諸星大二郎」
 マンガではありませんが,とても興味深かったので,いくつかのコメントを。まずちょっと驚いたのが,ふたりは,1年違いで『少年ジャンプ』主催の「手塚治虫賞」を受賞しているにもかかわらず,実際に会ったの,それからずいぶん経ってからとのこと。たしかにデビュウ当時のふたりは,片や本格SF,片や伝奇怪奇ということで,テイストも指向性も(周りの期待も)かなり違っていたからでしょうね。また,こちらはある程度想像していたのですが,星野之宣の方が諸星大二郎をかなり意識していたようですね。とくに『暗黒神話』に対する言及が多いですね。日本神話ネタであの作品を超えるものは,そうありませんから,それも致し方ないでしょう。さらに『暗黒神話』に対する星野評と,それを受けての自作『ヤマタイカ』の「制作作法」に関するコメントは,ふたりの作家さんの資質の違いを如実に表していて頷けました。

02/04/02

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