浦沢直樹『MONSTER』Chapter16 小学館 2001年

 「わからない・・・・どうして泣くんだ・・・・僕には全然わからない・・・・」(本書より)

 ヨハンと手を結び,“プログラム”を進めるペルト・チャペックと“赤ん坊”。しかし彼らの思惑を凌駕するヨハンのため,“プログラム”は崩壊しはじめる。一方,ヨハンの姿を捉えたテンマとエヴァ,さらにニナが,彼に迫る。そしてニナはついにヨハンに銃口を向ける・・・

 さて本巻の前半から中盤にかけては,ヨハンの恐ろしさが,じわりじわりと伝わってくるエピソードですね。
 定年退職を間近に控えた刑事が護送する犯罪者。列車の中で,刑事の問いに答えて,ぽつりぽつりと答える犯人。彼によって語られる謎の「男の子」・・・ここらへんで,その少年が誰かは読者には見当はつくものの,「俺はその時,解放されたんだ」と語る連続殺人犯の「向こう側」を見るような目つきとあわせて,「ぞくり」と来るものがあります。
 さらに久々登場のDr.ギーレンが,やはり刑務所の異常殺人者たちにインタビュウします。それぞれの犯人が,1回だけ,それまでの犯行歴からは説明できない殺人を犯している。先の列車のエピソードと絡んできて浮かび上がる各殺人犯の奇妙な共通性。そこから一方で,かつて双子の兄弟の失踪に繋がり,その一方で,ヨハンがフランクフルトで企む新たな「計画」へと展開していく・・・一見無関係のような事件がするすると結びつて行くあたり,ミステリ好きとしては,なんともワクワクする心憎いばかりのストーリィ・テリングです。
 それから“赤ん坊”に接触するヌード・ダンサーのキャラクタ造形も秀逸と言えましょう。

 そして後半,テンマ,エヴァ,ニナたちは,ヨハンに迫ります。ここでわたしたちの前に大きな謎が立ちはだかります。ヨハンは,ペトル・チャペックにいいます。
 「僕の中の怪物・・・僕の中じゃなかった・・・外側にいたんだ・・・」
 この謎めいたセリフのあと,ヨハンは,フランツ・ボナパルタの行方を尋ねます。ですから「外側の怪物」とは,彼ら双子を育て上げ,怖ろしいプロジェクトの「人身御供」に捧げたフランツのことを指し示しているとも考えられます。
 しかし,終盤,ヨハンに銃口を向けるニナは言います。
 「あなたは知らない・・・話してあげるわ・・・本当の怖ろしい話を・・・」
 ここで,わたしの中で,これまでのさまざまなイメージが錯綜し始めます。ドアの向こうで,絵本を胸に抱え,「おかえり」と言った少女。彼女はニナなのでしょうか?(ヨハンのセリフからそう想像されます) ならば,その顔に浮かんだ奇妙な笑顔,どこか邪悪ささえ感じさせる笑顔は何を意味するのか? それは,チャペックに拳銃を突きつけ,ヨハンの居所を聞きだそうとするニナの,なにかに憑かれたような尋常ならざる表情に共鳴します。そして彼女が語ろうとする「本当の怖ろしい話」とは? ひるがえって,先のヨハンのセリフ−「外側の怪物」−は,本当にフランツのことを意味しているのでしょうか?
 もしかして,わたしたちは,作者の大いなるミス・リードに欺かれてきたのではないかという可能性を,ふと思いつきます。本当に「怪物」はヨハンなのだろうか? もしかして,もしかして・・・と。

01/03/16

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