浦沢直樹『MONSTER』Chapter13 小学館 2000年

 ついに逮捕されてしまったテンマ。彼は,黙秘をつづけるが,刑務所である男と知り合ったのをきっかけにヨハンの“真実”を語りはじめる。一方,テンマに愛憎半ばする感情を持つエヴァから,証言を引き出そうと奔走するDr.ライヒワインと弁護士ヴァーデマン。しかし彼らにもヨハンの魔手が迫っていることを知ったテンマは脱獄を敢行する・・・

 前巻のテンマの逮捕から,本巻での脱獄という展開は,さほど意外なものではなく,ある程度,予想のついたものと言えましょう。そうしないとストーリィが展開しませんからね。
 しかし,そんなオーソドックスな展開への「もって行き方」「描き方」は,やはりこの作者,じつに手慣れたものです。この巻では,ヨハンの右腕ロベルトが,その重要な役回りを果たします。そう,Chapter9,燃えさかるフリードリヒ・イマヌエル校図書館で,テンマに銃で撃たれ姿を消したロベルトであります。再登場そのものが,けっこう意外なわけですが,その登場の仕方が,もう心憎いまでに巧いのです。最初は背中だけをちらりと見せていて,クライマクスで主人公の眼前にその正体を現すというのは,常套的表現といえば常套的なのですが,この作者の手にかかると,それがけっして陳腐に見えず,むしろ正統的な盛り上げ手法として,素直に驚き楽しめてしまいます。

 そして,刑務所の接見室,防弾ガラスを隔てたテンマにロベルトは言います。
「実はね・・・殺そうと思いましてね。あなたの元婚約者,エヴァ・ハイネマンを・・・」
 逮捕されたテンマのために,デュッセルドルフにやってきたエヴァは,しかし,彼に対する愛憎半ばする気持ちのため,素直に証言しようとしません。その彼女にロベルトの魔手が伸びます。ここらへんも,描き方もいいですよね。エヴァの,ロベルトに関わった恐怖の記憶がカット・バックで巧みに挿入され,「見えない脅威」として徐々に彼女が恐怖感を高めていくところや,彼女の失踪風景を明確に描いていないところなどは,読者の想像力をじつに巧みにつついており,サスペンスのツボを心得た描写であり,展開であると言えましょう。

 脱走犯として,ふたたび警察に追われることとなったテンマ,じわりじわりと企みを進行させるロベルト,姿を消したエヴァ,さらにテンマの弁護士ヴァーデンのもとを訪れたBKAのルンゲ警部は,ヴァーデンとヨハンとの意外な関係を指摘します。
 この巻での展開はどちらかというと「静」といった感じでしたが,次巻あたりからまた,「動」へとシフトしていくのではないか,そんな予感を漂わせて,本巻は幕を閉じます。さてさて・・・

00/06/15

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