浦沢直樹『MONSTER』Chapter11 小学館 1999年

 グリマーが,“511キンダーハイム”の元院長ラインハルト・ビーアマンから託された“怪物のテープ”。それをめぐって,テンマ,旧チェコスロバキア秘密警察,ヨハンの争奪戦が始まった。そして明らかにされるグリマーの過去。彼は,“511キンダーハイム”の出身者だった! さらにプラハにたどり着いたニナは,失われた記憶を取り戻しはじめる。“怪物ヨハン”のルーツにはなにが隠されているのか?

 さて前巻より始まった「プラハ編」です。テンマ・ニナ・ヨハンの追跡劇であった物語は,ここにいたってさらに,ヨハンの(それは,ニナの,でもありますが)過去を遡る旅という性格を持ち始めます。それはチェコの,東欧の現代史の闇へと連なる道でもあります。
 その足がかり,導きの糸となるのが,やはり前巻から登場したグリマーです。この巻で,彼が忌まわしき人間実験施設「511キンダーハイム」の出身であることが明らかにされます。彼は言います。
「よくわからないけど,奇妙な授業で,毎日毎日,自分の記憶が薄れていくんだ。自分の名前さえ忘れそうになるんだ」
 彼の記憶にあるのは,幼い頃に見たテレビ・ドラマ「超人シュタイナー」。そして彼は,強いストレスに襲われたとき,彼自身が「シュタイナー」となり,その拳を血で染めます。
 グリマーの中にぽっかり空いた「空白」,それを埋めるかのように発現する異常な「力」。それは,かつてヨハンがテンマに残したいくつかの謎の言葉,
「僕を見て! 僕を見て! 僕の中のモンスターはこんなに大きくなったよ」
「助けて! 僕の中のモンスターは破裂しそうだ!」

と響き合います。
 巻末,ヨハンの伝言がテンマに届きます。
「僕がどこへ行くべきか・・・やっとわかったよ。Dr.テンマ」
 ある意味,「時代の狂気」の犠牲になりつつも,それが産みだした「闇」を体現しているヨハンは,いったいなにを目論んでいるのか? 
 「モンスター」――それは,ヨハンという一個人に還元しうるものではないのかもしれません。

 ところで,前巻から登場したニナによく似た「金髪の女」が,じつはヨハンであったことも,この巻で判明しますが,そこにニナが絡んでくるシーン,
「この通りの人,なぜかあたしを知ってる・・・・あたしを・・・アンナって呼ぶの」
は,そのあとに描かれる彼女が失われた記憶を蘇らせる場面―「あたしがあたしを迎えている?」―と共鳴して,サスペンスを盛り上げています。やはり,ここらへんが,この作者の卓抜した技量なのでしょう。

98/04/27読了

go back to "Comic's Room"