浦沢直樹『MONSTER』Chapter10 小学館 1998年

 ミュンヘンでヨハン狙撃に失敗したテンマは,彼の故郷チェコ・プラハへと向かう。そこにはヨハンとニナの母親が生きているという。しかし国境警察に偽造パスポートに見抜かれてしまう。そのとき,彼の逃走を助ける不思議な男グリマーが現れ・・・。

 先日,友人と酒を飲んでいて,この作品の話題が出たとき,わたしが「この作者は,原作がなくてもこれだけ描けるからすごいよなぁ」と言ったところ,その友人曰く,「この作品に原作はないけど,おそらくブレーンがついているんだろう」というようなことを言いました。
 作者にははなはだ失礼ではありますが,この作者のもうひとつの系列の作品―『YAWARA!』『Happy!』―と引き比べてみると,たしかにそのような人物(たち)がいても,けっしておかしくないな,と思いました。しかし「素材」において,なんらかの助言があったとしても,キャラクタ設定やストーリィ・テリングといった点では,この作者自身のオリジナルの力であることは間違いないでしょう。

 さてこの巻では,テンマの出番はいたって少なく,この巻での「主人公」は,フリージャーナリストのグリマーです。彼は,元東ドイツ・ライプチヒの新聞記者で,海外特派員として世界各地を回っていましたが,当時の海外特派員とは,政府のスパイでもあります。彼は,旧東独時代の孤児院“511キンダーハイム”―かつてヨハンを生み出し,ヨハンによって壊滅させられた―を調査しています。そしてプラハで,その元院長ラインハルト・ビーアマンを探し出しますが,何者かによって彼は殺され,さらにグリマーにも謎の魔手がのびてきて・・・,と展開していきます。
 このグリマー,一見するところ,なんとも人の良さそうなキャラクタなのですが,どうやら秘密を抱え込んでいるようです。旧共産党の3人の男たちにより拉致され拷問にかけられているところを,彼は謎の美女により救出されます(謎の美女の正体は,なんとなく予想がつきますが^^;;)。しかし彼女が射殺したのはひとりだけ。残りの2人は殴殺され,グリマーの手は血で染まっています。彼が気を失っているうちに,いったいなにが起こったのか? 男たちを殴殺したのはグリマーなのか? 彼の呟く「超人シュタイナー」とは? なによりグリマーの正体は?

 この作品は,テンマ,ヨハン,ニナの追走劇を基本的な設定としながらも,彼らに関わるさまざまな人々の姿を,また彼ら同士の絡み合う運命を描き出していきます。それはときとして“サイド・ストーリィ”のような印象を与えますが,そのことが,物語に深い奥行きを与えているように思います。
 この巻で新たに加わったミステリアスなキャラクタ・グリマーが,はたして本筋にどのように関係してくるのか? 物語は新しい局面を迎えているようです。

98/11/27

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