坂田靖子『水の片鱗 マクグラン画廊』白泉社文庫 1999年

 サブ・タイトルにありますように,画商のマクグランを主人公とした連作短編4編と,独立した作品1編を収録しています。

「水の片鱗」
 死んだはずの妹が生きていた―友人クレイトンの言葉を信じて,彼女が住んでいたという,崩れかけた僧院を訪れたマクグランだったが…
 じつに不可思議な手触りの作品です。マクグランがひろった青いステンドグラスの破片,長い間生き別れだったはずなのに,“妹”が描いたと思われる絵に登場するクレイトン,“水の女”と呼ばれていた彼女・・・ミステリアスに進行する物語は,明解な種明かしをもたらすことなく,ファジィで,それでいてせつない喪失感に満ちたラストを迎えます。同一シーンを繰り返し描く映画的手法が,その雰囲気を効果的に盛り上げています。
「管財人のなやみ」
 マクグラン画廊の顧客ベックが寄席の踊り子と結婚するという。彼の管財人アスキンズ弁護士は頭を抱え…
 ものごとを悪い方悪い方へと考えていくアスキンズと,そんなことお構いなしの能天気なベックとのコントラストが,コミカルに描かれています。けして美人ではないし,寄席では,きわもの芸ばかりしているミス・タリントンが,ベック氏の言うように「チャーミング」に見えてしまうところが,この作者の持ち味なのでしょう。
「鬼水仙」
 1枚の絵を,週10シリングの分割払いで買おうとする女性の秘密とは…
 「オールド・ファッションド・ラヴ・ソング」という有名な曲がありますが,そのタイトルがピッタリと馴染むような作品です。清楚で,心の内に恋心を秘めたマダムのキャラクタがじつにいいですね。
「南の島へ」
 画廊に飾った南島の奇怪な仮面。男がその仮面に執着する理由を知ったミス・モーガンは…
 これまでにも毎回顔を出していた,マクグラン画廊に勤めるミス・モーガンを主人公にした作品です。変な褒め言葉かもしれませんが,この作者,ミス・タリントンといい,前作のマダムといい,そしてこのミス・モーガンといい,「ちょっと年のいった女性」をじつに魅力的に描ける才能を持っていますね。「仮面の呪い」を巧みに用いての,ツイストの効いたハートウォーミングなラストは,この作品集で一番楽しめました。
「春のガラス箱」
 財閥の長が死んだ。トラスティンは会社を任されるが,それとともにひとりの孤児の養育を委託される…
 不器用な男との孤児との心の触れあいを描いた作品です。そのコミュニケーションで重要な役割を果たすのが,「遊び好きのパー」な若社長です。こういった,世間的にはちょっとはずれたキャラクタもまた,この作者は生き生きと描き出しますね。十八番といって良いでしょう。

99/10/27

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