石川賢『魔空八犬伝』上中下巻 講談社漫画文庫 1999年
時は戦国時代。武将の間で不思議な城の噂が囁かれていた。その城の名は“里見城”,またの名を“黄金城”。しかしその城はまた“魔空城”とも呼ばれていた。現世に魔界を呼び入れようとする里見義実,それを阻止しようとする娘・伏姫。彼女が現世に放った八つの“珠”は,八犬士を生み出した。いま,時空の運命を賭けた戦いがはじまる!
さて,大元のネタは,江戸時代の大伝奇小説滝沢馬琴『南総里見八犬伝』であります・・・などとえらそうに書いてますが,じつは読んでません(^^ゞ(もっとも,下巻末の「作者インタビュー」によれば,作者も読んでないそうですが(笑))。ダイジェスト版みたいのは読んだことがありますが,わたしの世代からすると,やはり記憶に残っているのは,NHKで放映された人形劇『新八犬伝』の印象でありまして,辻村ジュサブロー製作の人形が,おどろおどろしくも妖しく美しかったことを鮮明におぼえています(もう少し若い方だったら,角川映画を想起されるんでしょうねぇ・・・(°°))。
まぁ,そんなことはともかく,この作品はおもしろかったですねぇ。
まずは「魔空城」の設定がいいですね。里見義実が邪術やら錬金術やらを使って,魔界を現世に復活させようとする「入り口」として魔空城が生み出されます。その娘伏姫は,それを阻止しようと,魔空城を「結界」に封じ込め,さらに「玉」を持つ八犬士によって父・義実の企みを潰そうとするわけです。この魔空城は,さらに柱の一本にいたるまで黄金でできているという「黄金城」でもあり,それが戦国の世の人々の欲望を誘発するというシチュエーションにもなっています。また魔界への入り口としての魔空城を利用して,俗世の権力掌握を望む輩もいます。つまり,物語の核心である魔空城をめぐって,二重三重に欲望や野心が絡み合うという仕掛けになっていて,それがストーリィを重層的にしています(ちょっと半村良の『妖星伝』がはいってますが・・・^^;;)。
そして舞台は戦国時代。奇想天外な物語を紡ぎ出すのには,場所もキャラクタも事欠きません。川中島や,本願寺,伊勢長島といった,著名な合戦場がメインの舞台となります。また上杉謙信・武田信玄・織田信長・羽柴(豊臣)秀吉・明智光秀・顕如などなどの戦国時代のヒーローが目白押しであります。もちろん,歴史物ではありませんので,舞台もキャラクタも作者によって伝奇的(SF的?)味付けがたっぷりとされています。で,この作者の味付けと言えば,やっぱり,『ヘルレイザー』みたいのやら,『遊星からの物体 X』みたいのやら,『エヴァンゲリオン』みたいのやら(笑),もう,グチャグチャドロドロヌタヌタのモンスタ群が,縦横無尽にバトルを繰り広げる,この作者お得意のパターンであります。とくに「陰の本願寺」が繰り出す妖人・怪人や,念力で動く機械仕掛けの大魔人は,楽しいったらありません(笑)。
さらにこの作者の伝奇物といえば,主人公たちの戦いの背後に「宇宙の意思」やら「時空の歪み」やら「神と悪魔」やら,なにかと壮大なものが関係してくるのは「お約束」であります。ただそれが,あまりに大きな話のため,拡散的なエンディングを迎えてしまう場合がときおり(しばしば?)あるという難点がありました。しかし本作品では,そういった壮大な背景を置きながらも,里見義実と伏姫との実体的な闘争(親子ゲンカ?)に物語を収束させている点で,エンディングもきっちりとまとまっています(永井豪でいえば『手天童子』みたいな感じですね)。八犬士の設定―なぜ八犬士が生み出されたか?―も,ラストになって,「なるほど」と納得させられるものがあります。
「作者インタビュー」によれば,前半は雑誌連載,後半は書き下ろし,とのこと。だからこそ,プロットをしっかりと構築することができたのかもしれません。やはり,マンガも,雑誌連載だけでなく,作者が始まりから終わりまできっちりと作ったお話を書く「土俵」が必要なのでしょうね(もちろん雑誌連載にはそれなりのメリットもありますし,雑誌連載でもきっちりとした作品があることはいうまでもありませんが・・・)。
いずれにしろ,この作品は,この作者の代表作のひとつになるのではないでしょうか?
99/09/11