いけうち誠一『恐怖の叫び』廣済堂出版 1987年

 本書に入っている「小ちゃくなあれ」という作品を,もう20年以上前に読んで,すごいショックを受けました(詳しくは改めて下に書きます)。しかしタイトルを失念してしまい,ストーリィも薄ぼんやりとしか覚えていませんでした。そこでbonsoさんのサイト“ミラクル3”中の掲示板「お尋ねマンガ&ヒーローズ」に,「情報求む」といった感じで投稿したところ,数日で判明。本書に収録されていることもご教示受けました。で,ネット古本屋さんで検索して,めでたく購入となったわけです。
 bonsoさんと,情報をお寄せいただいたちゅるふさんにあつく御礼申し上げます(_○_)

 さて本集には4編の短編が収録されていますが,「小ちゃくなあれ」以外の3編は,いずれもオーソドクスな怪談・サイコスリラーといった感じなのですが,それぞれに独特の面白味があります。
 最初の「呪いのかつら(ヘア・ウィッグ)」は,主人公の少女が奇妙なきっかけで手に入れた「かつら」,そのかつらをつけると美しくなるが…というお話。その「奇妙なきっかけ」というのは,少々失笑してしまいますが,呪いのアイテムが「かつら」というところがユニークですね。それと呪いの原因となった女性の心持ちもおもしろいです。美しい自分の髪で作ったかつらをつければ美しくなるのはあたりまえ,しかし,その美しくなった女性に対して嫉妬して呪いをかける。たしかに身勝手なんですが,そういったアンビヴァレンツな感情って,どこか納得できる部分もあります。
 「檻」は,一転してサイコ・スリラーです。両親を失い,伯父の家に寄宿することになった女子大生の“私”は,そこで奇怪な少年と出会う…という内容。掲載誌や初出年代のデータがないのではっきりしませんが,かなりエロチックなテイストを持っていながら,その描写がやや中途半端な感じがします。絵柄は劇画タッチなんですがね。で,物語は,7歳児の姿をした成年のサイコパスという設定に奇怪さはあるものの,一種の「不倫もの」スリラーといったところです。ただおもしろいと思ったのは,サイコパスの少年(?)が,捨てられた冷蔵庫に閉じこめられているのを目撃して,主人公がそれを無視するところ,さらにはじつはそれが少年の「罠」であったことが明らかにされる点でしょう。愛憎によって閉じられた「檻」のような家,そこからの脱出を夢見ながら,その「檻」の人々と同じ心性を持っていることに気がつかされた主人公の描写が,なかなかよいです。
 第3話は,心霊研究家の中岡俊哉(わ! 懐かしい!)の元に寄せられた体験談を元にしたという「霊界のささやき」です。新たに引っ越してきたアパートは,じつは…というコテコテの「実話怪談」で,お話的には新味はぜんぜんないのですが,主人公の少女が夢の中で,幽霊に誘われるままアパートの下に閉じこめられ,懸命にそこから抜け出そうとするものの,地上では彼女の存在を忘れたかのように平和な日々が続いている,というコントラストがちょっと不気味でした。

 そして最後が,お待ちかねの「小ちゃくなあれ」です。雑誌編集部に届けられた一通の手紙,そこ書かれていたのは,少年の心の奥底に眠る「狂気」と「闇」だった…というお話。つまり,その手紙の主は,「小ちゃくなあれ,小ちゃくなあれ」と念じるだけで,人間を小さくできる超能力の持ち主,となっています。そして小さくした人間を,さながら子どもが玩具を壊すかのような無邪気さで,殺していくという内容です。その殺し方も,マッチ箱に入れて火をつけたり,ダーツの的にしたりと,もうとにかく陰惨そのもの。20ん年ぶりに再読しましたが,少年が笑いながらつぎつぎと虐殺を繰り広げる様は,その無邪気そうな顔とのコントラストもあって,やはりおぞましいですね。とても現在の少年誌では掲載できないような類の作品といえましょう。
 で,この作品のラストは,きれいさっぱり忘れていたのですが,少年の残虐さをナチスのユダヤ人虐殺やヴェトナム戦争でのソンミ村虐殺事件と結びつけ,人間が(もしかしたら)普遍的に持っているかもしれない「嗜虐性」と重ね合わせる,ある種「社会派」みたいなエンディングになっています。ただわたしとしては,そういった残虐性よりもむしろ,相手を「小さくする」ことによって得られるであろう「支配欲」の充足,それを求める心性,そしてその支配欲が暴走したときの怖さ,といった方が,より普遍的で,また誰でも持っているがゆえの衝撃性があるのではないかと思いました。
 それにしても,う〜む,やっぱり「怪作」です。

 ところで収録されている4編とも,いずれも絵柄がずいぶん違います。ひとりの作家さんとは思えない(笑) 年代的な開きというよりも,失礼な言い方かもしれませんが,自分独自のタッチというのを十分に持っていないような気がしないでもありません。

02/06/12

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