楳図かずお『こわい本』1〜14巻 朝日ソノラマ

 子供の頃,冬になると扁桃腺をはらし,医者のお世話になるのが年中行事のようなものだった。近くの医院は古い木造で,待合室から診察室へ向かう廊下には骸骨の標本が立っていて,人体解剖図が張ってあった。待合室の真ん中は,だるまストーブが陣取り,ときおり太った看護婦が石炭を入れに来た。ストーブの上ではやかんから白い湯気が上がっている。板張りの待合室の長椅子には,おそらく看護婦が読んだのであろう,ぼろぼろになった少女マンガ雑誌が置いてあった。いわゆる24年組が登場する前の少女マンガ雑誌は,あまりに古典的な絵とストーリーに満ちあふれ,子供の私にとっても関心をひく内容ではなかった。一部の作家たちの作品をのぞいて・・・・。

 楳図かずお,古賀新一。彼らの描く怪奇と恐怖の世界。きれいだったお母さんの首が伸び,口が両耳まで裂け,少女を襲う。愛らしいはずの赤ん坊の口には牙が生え,よだれかけを噛みちぎる。美しい少女の顔に痣ができ,ぼろぼろと崩れていく少女の顔と心。ひとつの体の中に同居する美と醜,理性の奥底に潜む狂気,愛情の果てに忍び込む憎悪,容易に入れ替わる人と異形・・・その恐怖は,日常の足下にあいた,真っ暗な底知れぬ穴の中を覗きこむよう。医院と病気・・・・,そんな非日常的な状態で読んだ彼らの作品は,私にとって,最初から「見知らぬものたち」の世界だった。

 10年ほど前に流行したホラーブーム。その流行は,多くの新しいホラーコミックの書き手を輩出した。永久保貴一,御茶漬海苔,伊藤潤二,JET・・・・・・。彼らの作品も好きだし,ここでも紹介していきたいと思っていますが,あの木造の医院の待合室で読んだ,まだ「ホラーコミック」という言葉さえなかった時代の「恐怖マンガ」や「怪奇マンガ」が,私に与えた,心の底からの恐怖を,私は忘れることはできません。

 そんな私にとってはなつかしい,そしていま読むと,ある意味で新鮮な「恐怖の世界」を存分に味あわせてくれる作品集です。


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