細野不二彦『幸福の丘ニュータウン』小学館 1998年

 「ニュータウン」(要するに「団地」ですな)を舞台にした8編を収録する連作短編集です。1996年から1998年にかけて,非常にゆっくりとしたペースで,『ビッグコミック』に連載されたようです。小説で言えば,阿刀田高小池真理子が書きそうな,ミステリアスでアイロニカル,そしてブラックな世界を描いています。
 わたし自身,団地生活というのは経験ないのですが(「アパート住まい」というのとは,ちょっとニュアンスが違いますよね),団地の一室一室というのは,傍目にはまったく同じ「顔」をしていながら,その内部には,それぞれにユニークな世界が隠されているのでしょう。そして「密室」であるがゆえに,けして他人には見せることのない,見せることのできない「世界」が隠されているのでしょう。

 たとえば「喪主の女」は,妻の浮気を疑う夫は,妻につきまとう男を捜し出し・・・というお話。ときどき愛人と妻に同じ香水を贈って,浮気を隠す夫の話が出てきますが,その「血液型ヴァージョン」です。途中までは「変な話だな」と思っていたのですが,ラストの落とし所は巧いですね。
 また「柔順な女」は,傲慢で暴力的な夫がガンにかかり,妻は相変わらずかいがいしく尽くすように見せかけて・・・という内容。これまたラストでストンと落ちるところがいいです。

 よりサイコっぽいエピソードとしては,「博愛の女」があります。その奥さんは,寝たきりの父親の面倒をよく見,また子どもたちにも優しい女性,ところが父親が死んでから彼女の様子が・・・というお話。「外面如菩薩,内面如夜叉」といったところでしょうか,「愛」とか「優しさ」とか呼ばれるものの背後に隠された「闇」が的確に描き出されているように思います。
 「お受験の女」は,流行り(?)の「お受験ネタ」で,城山三郎の『素直な戦士たち』という作品を彷彿させる内容です。「親の期待に添わない子どもは子どもではない」という,けっして明言されることはないけれど,それでいて伏流の如く流れているひとつの「考え」をグロテスクに描いています。

 わたしのお気に入りは,ラストの「疑惑の女」です。妻の様子がおかしい・・・夫は浮気を疑うのだが・・・というエピソードです。読んでいるときは,「なんだか,安直な展開だなぁ」という感じがしていたのですが,夫の「疑惑」の根拠が,ラストできれいに組み替えられ,また別の意味での「地獄」が明らかにされるオチは見事です。ミステリとしても佳品だと思います。

99/01/04

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