石ノ森章太郎ほか『殺しのからくり 大江戸事件帖』講談社漫画文庫 2003年

 近藤ゆたかの「解説」によれば,いま「時代劇ブーム」なんだそうです。テレビはあまり見ないのでわかりませんが,たしかに文庫本でも横溝正史などの古い捕物帖作品が復刊されていて,「そうなのか」と納得した次第。そういった意味では,本アンソロジィも「時流の乗った」(あるいは「便乗した」^^;;)ものと言えますが,収録作家が,石ノ森章太郎,上村一夫,さいとう・たかお,手塚治虫,横山光輝と,日本のマンガ界を代表する大作家さんたち。豪華な布陣とともに,ノスタルジィを誘うところも「売り」なのかもしれません。

石ノ森章太郎「新・くノ一捕物帖 大江戸緋鳥808」
 この作者の捕物帖というと,「佐武と市捕物控」が有名ですが,こういった作品もあったんですね。時代劇なのに「808」と,数字をタイトルに使っているところが,新鮮というか,ヘンというか(笑)(もしかして裏にSF的設定があるのかな?) 吉原で豪遊する男の秘密を描いたエピソードと,仙人と呼ばれて親しまれた好々爺がなぜ殺されたか,というエピソード2編を収録しています。前者は,いかにも「時代劇」といった素材をアクションたっぷりに描いています。後者は,「仙人」の隠された顔がなんとも意味深長ですね。でも考えてみれば,不老不死の仙人というのは,「生」に対する飽くなき執着心の「なれの果て」と言えなくもありませんものね。
上村一夫「赤い河」「へらへらへっ」
 その独特のタッチで男女の情念を描くのを得意とした作家さんの持ち味が,十二分に発揮されている2編です。「赤い河」は,「天保水滸伝」で有名なキャラ平手造酒を主人公とした作品。「純愛」の奥底に秘められた,狂気にも似た「闇」を浮かび上がらせています。ラストのじつにあざといまでの様式的な決着が味わえます。「へらへらっ」は,舞台は明治初頭,情欲におぼれ破滅していく男女が主人公です。ただそこに川上音二郎を絡ませるのは,ちと余計なのではないかと…
さいとう・たかお「大江戸探索屋 ガイ」
 「探索屋」という,現代風に言えば「私立探偵」を時代劇に取り込んだシリーズのようです。陽気なマッチョ・タイプな主人公ガイは,この作者お得意のキャラクタ造形ですよね(ただしデューク東郷は除きます(笑))。「清姫乱れ舞」は,強迫状を送られた人気立女形を守ろうとするガイの活躍を描いています。時代劇といえば,やはり歌舞伎役者ということで,クライマクス・シーンのけれん味がじつに良いですね。一方,「二度出逢った娘」は,数奇な運命で離ればなれになった親子の再会を描いた,これまた,時代劇らしい「人情噺」です。
手塚治虫「最上殿始末」「一族参上」
 「最上殿始末」は,強引に影武者にさせられ家族を殺された男が,殿様に復讐,それがさらに新たな復讐を招き…という,今風の言葉で言えば「復讐の連鎖」を描いた作品。まさに憎しみが憎しみを呼ぶ,救いのないラストが「ぞわり」とくるストーリィで,子どもの頃,はじめて読んだとき,そのラストに激しいショックを覚えました。「一族参上」は,「架空の敵討ち」を仕組んで,仕官を得た侍の皮肉な末路を描いています。現代を皮肉ったユーモアを漂わせながら,最後のコマでの男の目つきが,どこか狂気じみていて,ちょっと怖いです。
横山光輝「血笑鴉」
 金さえもらえば,どんな殺しも請け負うという刺客“血笑鴉”を主人公としたシリーズから2編−「目には目を」「棘ある花」−を収録しています。手塚治虫と同様,少年マンガの王道を歩いていたこの作家さんも,劇画ブームの荒波の中で,けっこう青年誌に作品を発表していますが,これもそのひとつです。ただこの作者は,女性ヌードがいまいち色っぽくないという欠点があります(笑) それでも,この作者の十八番とも言える「罠とそこからの脱出」というストーリィ構成は,やはり手慣れたものですね。

03/02/22読了

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