諸星大二郎『鬼市 諸怪志異(三)』双葉社 1999年

 頃は宋代,皇帝・徽宗の治世。都・開封の城外にひとりの道士が住んでいた。通称を五行先生という。その先生の元に,かつての弟子が帰ってきた。弟子の名は燕見鬼。幼い頃より,“鬼”が見えるという不思議な力を持つ少年。彼らは,一冊の書物をめぐる争いに巻き込まれ・・・

 『壺中天』から,じつに8年ぶりの「諸怪志異」の第3弾です。いやはや,この慌ただしい時代に,この作者の息の長さと言ったら・・・ある意味,非常に貴重な存在ですね。
 しかし第3巻とはいえ,第2巻までの体裁とはやや異なっています。第2巻までは,いくつかのエピソードにおいて共通した登場人物が出てくるものの,基本的には個々に独立した短編より成っているのに対し,第3巻は,いずれもある師弟を主人公とした連作短編集となっています。で,その「ある師弟」とは,五行先生燕見鬼少年であります。そして,燕見鬼の幼名は阿鬼。そう,第2巻までにたびたび顔を出していた師弟コンビの復活であります。いやむしろ,メインが五行先生ではなく,成長した燕見鬼となっている点,シリーズの新展開,といったところでしょう。

 本書には,計10編のエピソードが収録されていますが,うち6編―「羽化庵の来訪者」「空園の戦い」「推背図」「小玉」「天后」「鬼弾」―は,五行先生が所有する,ある1冊の書物をめぐるストーリィになっています。その書物に隠された秘密をめぐって,怪しげな道士やら,妙に艶っぽい女盗賊(こういったキャラクタ,この作者,お好きなようですね(笑)),中国史上最強の女傑の死霊,謎の宗教集団などなどが絡んできて,争奪戦を繰り広げます。果たして,燕見鬼は,それらの襲撃をかいくぐって,先生に託された任務を達成できるか? というストーリィになっています。じつはこの物語,この巻だけでは完結しておらず,いましばらく続く気配。舞台は,戦乱の勃発が予言された江南地方。燕見鬼の運命は・・・と言ったところ。次巻が楽しみです。

 残り4編―「鬼市」「石の中の女」「長鬼」「艮嶽の龍」―は独立した短編となっています(「長鬼」の「長」は,本当は「人扁」がつくのですが,字がありません)。わたしが楽しめたのは,「石の中の女」「艮嶽の龍」の2編です。
 「石の中の女」は,ある奇石好きの男が手に入れた不可思議な石。その中には女が住んでおり・・・というお話。「石の中に異形が住む」というモチーフは,他の作品でも読んだことがあり(タイトル失念!),たしか中国の伝奇物としては比較的オーソドックスなものではなかったかと思います。エロチックであり,またグロテスクでもある内容が楽しめます。生きながらにして臓物を捕られるというのはたまりませんね^^;;
 「艮嶽の龍」は,徽宗に取り入る道士・林霊素。彼は宮中の庭園“艮嶽”に龍が現れたと言うのだが・・・という内容。岩だらけの異界を燕見鬼が龍退治に出掛けるという,チャイニーズ・ファンタジィといったノリの作品ですね。

 ところで,燕見鬼は,切れ長の瞳のなかなかの美少年といった雰囲気ですが,五行先生,第2巻までの頃に比べると,なんだか,ちょっと怖い感じの顔立ちになっていますね。

99/11/16

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