柴田昌弘『回転扉』大都社 1997年

 1980年代前半に発表されたシリーズおよび短編・掌編9編を収録しています。

「回転扉」「回転扉Part II 赤い夢魔」「回転扉PartIII 冬の揺籠」
 大学生・殿谷周二は,雨の夜,大勢の男たちに追いかけられる少女・楢川彩を偶然助けることになった。万事控えめでおとなしい彼女はなにゆえ命を狙われるのか? 彼女に隠された秘密とは?
 「回転扉」とメイン・タイトルがつけられたシリーズ3作です。
 この作者の代表作「紅い牙・シリーズ」は,ひとりの少女小松崎蘭が,彼女の身体に流れる超古代の呪われた血に翻弄される物語といえます。自分自身,抑制の効かない巨大な「力」を持つがゆえに,巨大組織「タロン」に狙われ,いやおうなく彼女の周囲の人々に不幸と災難をもたらしてしまいます。
 ランの姿は,このシリーズの主人公楢川彩と共通するものがあるように思います。おとなしい彩にとり憑いた,双子の姉であり凶悪な殺人鬼である香織の人格。香織は折にふれて彩と人格変換を起こし,彼女を,そして彼女の周囲の人々をおぞましい運命へと導いていきます。
 シリーズが3作で完結していることは,作者が本来意図したことのなのか,あるいは別の事情―編集部の意向その他―の結果なのか,そこらへんはわかりませんが,『ブルー・ソネット』の悲劇的結末を思い起こすとき,このシリーズの救いのないエンディングも,作者の「趣味」なのかもしれません。
「冬に還る RETURN TO THE PAST」
 6年前,牧場を飛び出した逸子が帰ってきた。周囲が暖かく迎える中,「でていけ」という不穏な警告文が彼女の前に・・・
 脅迫者は誰か? その意図は? というサスペンスに満ちた作品です。ミステリ作品なので,ネタばれはしませんが,使い古された感があるとはいえ,展開が巧いので,効果的なラストになっています。
「碧い沈黙」
 かつてのダイビング仲間・添沢瑤子が持ち込んだ「宝探し」の話。しかし「お宝」が沈む海域は「海竜の床」と呼ばれる,奇怪な伝説がまつわる場所だった・・・
 この作者お得意の「海洋もの」です。前作「冬に還る」もそうですが,この作者,翻訳サスペンス(あるいはその手の映画作品)のファンなのではないかと思わせる一編です。 「お宝」をめぐる争奪戦を描きながら,その背後に隠された意外な真相が明らかになるラストは,この作者のお話作りの手腕の確かさがよく出ています。
「アラジンのランプ」
 タイトル通り,「アラジンのランプ」ネタのショート・ショートです。「なるほど,魔法のランプが魔法を失ったのは,こういう理由か」と苦笑いする作品です。
「枯葉の街」
 17歳になれば“女(ギャル)”が買える。期待に胸を膨らませる高校生・シローの前に,堤聖子が現れ・・・
 『ラブ・シンクロイド』は,「男が生まれない女だけの世界」を描いたSF作品ですが,こちらは「男は病院の人工子宮で生まれ,女は工場で生産される」パラレル・ワールドを描いています。この作品での「女性」は,明らかに自動車をメタファとして語られています。どこかで男の隠された欲望を暴露されているようで,ちょっと怖いです。
「強風地帯」
 この作品もショート・ショート。じつにオーソドックスなSFといった感じですね。
「盗まれたハネムーン」
 結婚式の夜,新妻・あずなが人格変換を起こし,失踪。彼女を追う夫・修二がたどり着いた意外な真相とは?
 「多重人格ものサスペンス」と思わせる途中までの展開から,ラストで一転,SF的な真相が明らかにされるところは,最初に読んだとき,思わず「をを,これはすごい!」とのけぞったことをおぼえています。上手なストーリィ展開とあわせて,SFミステリの佳品と言えましょう。
 ところでこの作品で初登場した伝奇作家の桐生仁は,その後,『ブルーソネット』でメイン・キャラクタとして活躍します。作者にとってかなり思い入れのあるキャラクタのようですね。もしかして理想?

99/08/14

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