道原かつみ『χの歌声』 新書館 1997年

 特捜司法官。それは銀色の人工眼球をもつ合成人間。社会的に悪影響を与える凶悪犯罪を,闇から闇へと葬り去る刑事であり,裁判官であり,そして死刑執行人。日本州警の若き刑事・六道リィンは,ある事件をきっかけに特捜司法官“ジョーカー”と知り合い,恋に落ちる。あるときは“男”,あるときは“女”,変身能力を持つジョーカーに振り回されるリィンだが,合成人間の寿命は45年,ふたりに未来はあるのか…

 お久しぶりに「ジョーカー・シリーズ」の新刊です。前作『シャーロキアン・コンピュータ』の奥付を見たら,1993年ですから,じつに4年ぶりです。もう続きは読めないかと思っていましたから,うれしいですねえ。

 さて,前作で“殉職”してしまったキャルに替わって,日本州警刑事課に赴任してきたのはナイル・ネガという女性刑事。ロリータ顔で,性格はエキセントリック,好みは“合成人間”とのたまう変わり種。おまけにどうやら両刀使いらしい(^^; 麻薬ルートを追うリィンですが,彼女の殺人捜査に引っぱり込まれてしまいます。
 殺人事件の背後には,非合法の合成人間の存在と不思議な歌声をもつ歌手“カイ・王子”。いったい殺人者の意図はなにか,木星開拓団とはどのようにつながるのか,そしてジョーカーの狙いは? と,物語は展開していきます。

 『ノリ・メ・タンゲレ』の紹介文で,この作者の描く男性が,なかなか渋いということを書きましたが,このシリーズの女性も,あまり目立たないけれど,魅力的ですね。前作までのキャルもそうですが(本作と関係ないんですが,キャルは大好きなキャラだっただけに,前作での結末はあまりに哀しかった…),今回のナイルなどを見てますと,基本的に経済的にも精神的にも自立していて,たくましい感じがします。しかしその一方で,脆さみたいなものも同居しているようで,たくましいだけ,というわけではない,多面的な存在として描かれています(まあ,人間すべて多面的なわけで,それだけ人間味があるということなのでしょう)。「すべてあばいてやる,そのためならカイの遺体だって利用してやる」というナイルのセリフには,思わず「ぞくり」としてしまいました。それから「怖がらなくても大丈夫だよ。優しくするから」には,笑っていいのかどうか,いい年こいて赤面してしまいました(笑)

 ただ,すこし絵のタッチが変わってきているようですね。この作者の作風は,その女性作家らしからぬ(といったら失礼かな?)シャープで力強い描線が魅力だったんですが,この巻の絵柄は,妙に細くて,少々弱々しい印象があります。とくに本巻の後半のリィンにその印象が強いです。もっともそれほど「マッチョ」なキャラではありませんが…
 それと眼の下,頬の上あたりに,3〜4本の縦線で「照れ」を表すのは,なんだか,あまりに「アニメ系美少女」という感じに見えます。いや,こういう表現が嫌いというわけではなく,これまでのこのシリーズの雰囲気とずいぶん違う気がして,ちょっと違和感があります。ついでにもうひとつ。今回はバトルシーンがいまいち迫力がないような……ショッキングなシーンに対して規制でもはたらいているのでしょうか?

 それにしても,この巻頭のポスターは,むむむむ……。それから,タイトルの「χ」は「エックス」ではなく,「カイ」です。

97/06/26

go back to "Comic's Room"