福本伸行『賭博黙示録 カイジ』1〜5巻 講談社 1996・1997年

 「勝たなきゃ誰かの養分・・・それは船も外界(そと)も変わらない・・・!」(本書より)

 友人の保証人になったため,莫大な借金を背負ってしまったカイジ。彼は,金融会社の遠藤から,「一日で借金をチャラにできる方法がある」と聞かされる。それは,一夜限りのギャンブル・クルーズ。返済のあてもなく,仕方なくその船に乗り込んだカイジを待っていたのは,一見単純に見えるルールの背後に,底知れぬ「闇」を秘めた,恐るべきギャンブルだった・・・

 前々から「おもしろい」という話は耳にし目にしていたのですが,その絵柄が,どうもいまひとつ趣味でないので(とくに尖った鼻と顎!(笑)),これまで読む機会がなかったのですが,掲示板にて「2巻まで我慢すれば,あとは慣れる」という心強い(笑)ご教示を受け,また5巻までがワン・エピソードということで,今回,1〜5巻を手に取ってみたわけです。

 で,感想といえば,皆さんのお言葉通り,「おもしろい!」であります(笑)

 フィクションには,さまざまな(ギャンブル・スポーツを含む)「ゲーム」を題材とした作品があります。既存の,よく知られたゲームであれば(野球とか,麻雀とか),その必要はないでしょうが,その作品独自のオリジナル・ゲームを案出する場合,どうしても「ルール説明」は避けて通れません。あまり複雑なルールにすると,ストーリィのスピード感を失ってしまう危険性がありますし,かといってあまり単純なルールでは,展開に乏しくなりかねません。
 理想は「シンプルなルールと多彩な展開」です。なにかと話題になっている小説『バトル・ロワイアル』は,その点で成功している作品と言えましょうし,この作品の「希望の船」の上で繰り広げられるギャンブル「限定ジャンケン」もまた,その理想型に近いものがあるのではないでしょうか。おまけにこの「限定ジャンケン」は,通常のジャンケンがそうであるように「運任せ」的なイメージを与えますが,じつは,すさまじいまでに「理」によって支配されているゲームとなっています。
 相手の持ち札の数や種類,ゲーム全体での残り枚数,他人のカードを買い取る際の選択などなど,主人公のカイジは,それら,勝敗を決める,複雑に絡み合った要素を,何度も何度も計算します。さらに相手の表情や言葉尻などから,心理を読みとり,ときに強気に,ときに慎重に勝負に望みます。そのあたりの計算や駆け引きは,さながらミステリ小説を読むような醍醐味を味わえます。
 またその「見せ方」もじつに巧妙で,一見,無謀とも言える勝負シーンを描いておいて,クライマクスでカイジの真意を説明させるところも,すぐれてミステリ的手法と言えましょう。北見との対決シーンなど,その真骨頂とも言える場面です。

 ミステリを引き合いに出したので,ついでにミステリとの相似点を挙げれば,そのストーリィ展開があります。ミステリではしばしば,主人公が窮地に陥り−間違って殺人犯にされてしまう,とか,限られた時間内に事件を解決しないと命を失う,とか−,そこから脱出するために行動し,推理を繰り広げるというパターンがあります。その初期設定により,物語に緊迫感とスピード感を与えるという手法です。この作品においても,カイジは,船井の甘言にのせられ,最初から絶体絶命のピンチに陥ります。カード1枚,星一つというウルトラ級難度の境遇から,カイジはどのように脱出するのか,あるいは脱出できるのか?という興味を読者に植え付けます。
 さらに作者は,同じような「もう打つ手なし」としか思えないような状況に,カイジを繰り返し投げ込み,読んでいる方が,思わず胃が痛くなるような(笑)緊張感に満ち満ちた作品に仕上げています(途中で「ああ,いい加減,カイジを解放させてやれよ!」などと思ってしまいました^^;; まあ,そこらへんの「冷徹さ」がないと,ギャンブル・マンガなんて書けないのでしょうが・・・)。
 そしてなにより,窮地に陥ったカイジの脱出が,けっして偶然や運に頼るのではなく,ギリギリまで考え考え,考え詰めた結果として果たされるところもまた,その脱出がもたらすカタルシスをより一層深いものにしています。

 逆転,逆転,また逆転という九死に一生を得て,「希望の船」から生還したカイジ。しかし,船中で新たに発生した借金のため,彼はふたたびギャンブル地獄へと足を踏み入れます。バブル時代の負の遺産スターサイド・ホテルで,彼を待ち受けるものはいったいなにか?

01/01/21

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