手塚治虫ほか『人外魔境』角川ホラー文庫 1999年

 『HOLLY』『闇の画廊』『HOLLY II』につづく,「ホラーコミック傑作選」の第4弾は,大御所の昔の作品6編を集めたアンソロジィになっています。といっても,うち5編は,1969年の『少年キング』に掲載されており,いわば「シリーズもの」と呼んだ方がいいのかもしれません。また3編は小栗虫太郎『人外魔境』を原作としています。

手塚治虫「虎人境」
 TVディレクタの“私”は,ボルネオの奥地にトラ人間が住んでいると聞き,取材に出かけるが…
 この作品集に収められた作品には共通点がいくつかあります。そのひとつは,タイトル通り,人跡未踏の「人外魔境」を舞台としていること。もうひとつは,人類とは異なる進化をとげた「もうひとつの人類」が,その魔境に住んでいる,という設定です。今ならば「SF冒険もの」的作品といっていいでしょう。この作品では,「トラ人間」を素材としながら,そこに不可思議な呪術を絡めて,皮肉なストーリィを紡ぎだしています。
水木しげる「化木人のなぞ」
 事故死した男は緑の血を流した。その謎を探るため,アマゾンの奥地へと探検隊が派遣されたが…
 水木作品のあまり熱心な読者ではないので,今頃になって気づいたのですが,この作者の点描は,一種独特の凄みみたいのがありますね。主人公が「異界」へと足を踏み入れる「魔法の扉」の描写などは,どこかエロチックな雰囲気を漂わせていて,いかにも「異界」という感じが,ひしひしと伝わってきます。
横山光輝「大暗黒」
 サハラ砂漠の奥地に,アトランティス大陸の謎を秘めた「大暗黒」があるという…
 各作品のもうひとつの共通点をあげるとすれば,各編において主人公たちは,魔境の秘密の一端に触れることはできても,けしてそれを世界に対して明らかにすることはできない,という点があります。いわば,この地球上には人が知ることのできない「未知の領域」が存在することを意味しています。そしてそのことは,人間はけして万物の霊長ではない,万能の存在ではない,ということをも指し示しているのではないでしょうか?(このことは人類以外の人類的存在という設定とも関係してくるのでしょう) 主人公たちが目撃する「黄金の神像」が,ジャイアント・ロボそっくりなのは笑ってしまいます。
手塚治虫「黄色魔境」
 ドイツ軍と連合軍が闘いを繰り広げる北アフリカ。ひとりの日本人青年はサハラの奥地を目指す…
 本集の手塚作品はいずれもオリジナル作品のようです。日本人青年の目的はいったいなんなのか? というミステリがストーリィを引っぱるとともに,ドイツ軍人,アメリカ軍人,日本人が,いわば「呉越同舟」状態で魔境へと入っていくというシチュエーションが,緊迫感を与えています。魔境のせいではなく,人間自身の理由によって,魔境の秘密が知られることなく終わるというアイロニカルなエンディングも楽しめました。
松本零士「有尾人の夢」
 夢見ることを禁止された宇宙船は,とある惑星に着陸し…
 じつはこの作品だけ,上に書いた「共通点」がありません。初出も唯一違っていて,他の作品とはかなり趣が異なります。嫉妬に狂った宇宙船の船長が,船の進行方向を変えて,恋人たちのセックスを邪魔するところは苦笑させられます。ストーリィ的にはいまいちよくわかりません^^;;
桑田次郎「人類ならぬ人間」
 スマトラの奥地“離魂の森”で,有翼人が目撃された…
 小栗版『ロスト・ワールド』です(というか,全部の作品がそうかな?) 絶体絶命の危機に陥った主人公たちが脱出するラスト・シーンの意外性が楽しめるとともに,健気なヒロインの姿が胸を打ちます。タッチはもちろん古いですが,この作者の描く女性キャラクタって,けっこう好みなんですよね(笑)。

99/12/28

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