ムロタニ・ツネ象『完本 地獄くん』太田出版社 1997年

 たしか扁桃腺の手術をした年ですから,小学3年生だったと思います。とびきり怖いマンガを読みました。数人の少年少女が,昆虫採集をしていると,別の世界にさまよい込んでしまいます。そこは,人間が昆虫を,ではなく昆虫が人間を採集する地獄のような世界。子どもたちはつかまり,まるで百舌鳥の速贄のごとく樹の枝につきさされます。またその世界の虫に刺されると,人間も昆虫へと変身してしまいます。人間の皮膚がびりびりと破れ,中からトンボかハエのような目玉をもった,等身大の昆虫人間が現れる,というおぞましい変身です。ご多分に漏れず,昆虫採集に熱中していた子ども時代のわたしにとって,その内容はショッキングなものでした。また,けっして「巧い絵」というわけではなく,むしろ子どもマンガ風の絵でしたが,ベタを多用したグロテスクで,生理的な嫌悪感を呼び起こす不気味なタッチでした。そのマンガの作者が,ムロタニ・ツネ象,作品が「地獄シリーズ」の「虫地獄(インセクト・ゾーン)」であることを知ったのは,はるか後年のことでした。

 で,そのムロタニ・ツネ象の「怪奇漫画」(“ホラーコミック”なんて言葉がなかった時代です)の代表作が,この『地獄くん』です。本作品は,朝日ソノラマ版でも出ているようですが,今回,未完の最終話「死神工場の巻」を含めた完全版の復刻のようです。主人公の地獄くんは正体不明,どうやら地獄の閻魔大王からの使者のようですが,この世の悪人どもを,ばったばったと懲らしめていきます。その懲らしめ方がなんとも奇想天外です。たとえば「スペアタイヤの悲鳴」では,「ハンドル握って13年,スピード違反が60回,人家にとびこみ14回,じいさんひとりにばあさんふたり,かわいいねえちゃん四人にガキひとり,あわせて七人はねとばし・・・」という,とんでもない悪徳ドライバーが出てきます。そのドライバーが女性をはねたところに行き会わせた地獄くんは,そのドライバーをスペアタイヤに変身させてしまいます。また「悪魔火」に出てくる放火魔の大学生は,マッチをする両手が切り取られ,それぞれ,さながら角のように額と後頭部につけられてしまいます(連続放火魔に対する罰としては,ちょっと甘いかな,という気もしますが)。また「一万円札の中」で,勤労学生から金を脅し取った不良は,タイトル通り,1万円札の(今はなき)聖徳太子の画像の中に閉じこめられてしまいます(こちらは逆に,カツアゲの罰としては厳しすぎるように思います)。ともかくも,こんな風に,地獄くんはあの手この手で悪人どもを懲らしめていくわけです。こう書くとひたすら不気味なのですが(たしかに不気味なのですが),絵柄のタッチのせいでしょうか,どこかユーモラスな雰囲気さえ漂っています。とくに悪人に拳銃で頭を打ち抜かれると,ペロリと出した舌の上に,その銃弾がのっかっている,というのもなんだか愛嬌があります。また毎回いろいろな地獄の情景や化け物が出てきますが,その姿形はシュールレアリズムに通じるものさえあります。そんなグロテスクさ,不気味さ,シュールさ,ブラックユーモア風な味がまぜこぜになった本作品は,わたしにとって懐かしい作品ですが,かなりきわもの的な作品なので,二度と見ることはないだろうと思っていただけに,今回の復刻はうれしいですね(できれば「地獄シリーズ」も復刻してくれないかなあ)。

 それから本巻には「恐怖のハエ男」という作品が収録されています。ストーリー的には中途半端な感じが否めない作品ですが,カット割がなんともいえず映画的で,なかなか味わいがあります。

 付け加えておきますと,ムロタニ・ツネ象は,怪奇漫画専門のマンガ家ではなく,ユーモアマンガや学習マンガなど,幅広く活躍した作家さんです。

97/10/05

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