ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』小学館 番外感想文

 「あたしのイングラムはなぁ・・・あたしが毎日乗って・・・少しずつ動きを覚えさせて・・・ここまで鍛えあげたんだ。あんたが気まぐれで遊ぶ玩具とはなあ・・・違うんだっ!!」(『機動警察パトレイバー』22巻 泉野明のセリフより)

 『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』「番外感想文」と銘打ちながら,冒頭から,おなじ作者とはいえ,別の作品からの引用で申し訳ありません。
 なぜこんなことから書き始めるかというと,『じゃじゃ馬』を1巻から20巻まで読み返してみて,『機動警察パトレイバー』とのテーマの共通性に,はた,と気づいたからです。

 『パトレイバー』は,「近未来ポリス・アクション」という謳い文句にあるように,“レイバー”や犯罪をあつかった,アクション・シーンも豊富なけれん味たっぷりの作品であり,そのストーリィは,クライマックスにおいて野明(特車二課)vsバド(&内海)の戦いへと収束していきます。野明とバドとの戦い―それは「経験」「才能」の戦いと言い換えることもできるのではないでしょうか? レイバーの操縦センスや技量から言えば,バドは野明を上回っていますし,彼の乗るグリフォンもまた,イングラムの性能を凌駕しています。しかし,最後の決戦において,野明は「引き分け」という勝利を手に入れます(冒頭の野明のセリフは,そのバトル・シーンで語られるものです)。
 作者は,この野明を勝利に導くまで,さまざまなエピソードを積み重ねていきます。それは,「戦い」をメインに置く作品でしばしば見られるような「修行」とか「精進」とかいった,大上段に振りかざしたものではありません。もちろん,物語の設定上,それらのエピソードはなんらかの「事件」という形をとりますが,同時に,それらは彼らの「日常」であり,「仕事」でもあります。その「日常」と「仕事」の積み重ね,つまり「経験」が,冒頭に挙げたような,野明のセリフへとつながっていきます。そしてこの言葉に対する野明の確信は,インタビュアの「黒いレイバーを停めたことで,特車二課の責任は果たしたと?」という問いに対して,「もちろんです」と答える彼女の凛々しく誇り高い表情に表れています。

 一方『じゃじゃ馬』では,『パトレイバー』にあるような「戦い」は描かれません(「競馬」はたしかに「戦い」ではありますが,『パトレイバー』のように,主人公たちが直接タッチする戦いではありません)。「牧場」という,多少馴染みのない場所を舞台としながらも,基本的には駿平ひびきとのラヴ・ロマンスを軸とした「日常ドラマ」です。
 作者は,そんな牧場での生活を,コミカルなところも織り交ぜながら淡々と描いていきます。しかしその日常の中で,駿平は,右往左往したり,一喜一憂しながらも,少しずつ何かを身につけていきます。それはヒメタケルの勝利であったり,ひびきとの恋の成就であったり,両親からの自立であったりします。作者はそれらを,急ぐことなくじっくりと(それこそ彼らの「日常の中で」)描いていきます。
 とくにヒコをめぐるエピソードは,「日常的な仕事」の積み重ねの末に,駿平が「得たもの」をもっとも端的に表していると言えましょう。小さなコマですが,雨の日も酷暑の日も,駿平がヒコを引き運動しているシーンが印象的です。そしてヒコを買い取った芹沢調教師の駿平に対する評言― 「虚仮の一念とも言うわな。ありゃ,あんた立派な虚仮だよ。芽吹きもしねぇと思ってた木に,蕾をつけさせたんだ」― は,冒頭に引用したセリフと響き合うものがあります。

 このふたつの作品は,設定もテイストもストーリィ展開も異なりますが,駿平と野明の姿を通して作者が描き出そうとしているものには,通底するものがあるように思います。
 「千里の道も一歩から」などという古い格言を持ち出せば,少々説教臭い感じもしますし,「継続は力なり」といえば,受験産業の提灯持ちみたいですが,やはりそこには,いくばくかの真実はあるのだと思います。この作者が,いろいろなタイプの作品で見せる「日常性へのこだわり」は,まさにそういった日常生活の中で培われ,芽吹くもの,そしてそれを大事に育てていくことの大切さを描こうとしているからかもしれません。

=蛇の足=
 『じゃじゃ馬』はまだ完結していません。ですから,現段階で作品のテーマを云々するのは,時期尚早かもしれません。またここに書いたことが,両作品の唯一のテーマというわけでもないでしょう。ですが,今回気づいたことは(単なる思いこみかもしれませんが),どちらもおもしろい作品とは思いながらも,『パトレイバー』から『じゃじゃ馬』へのシフトが,いまひとつしっくりこない部分があったわたしにとって,「をを! なるほど,そういうことだったんだ」と,「ストン」と胸の中に落ちるものでした。そこで嬉しくなったので,つい文章化してしまったわけです。
 皆さまはいかがお感じになられたでしょうか?(「いま頃,気づいたんかい!」とおっしゃる方もおられるでしょうが^^;;)。

99/01/13

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