近藤ようこ『美しの首』ちくま文庫 1995年

 「美し」と書いて「いつくし」と読むようです。
 古代や中世,近世初頭の日本を舞台とした短編集です。いずれも,独特の描線と相まって,妖しくせつない物語4編を収録しています。

「美しの首」
 大阪城落城の際,下女のお小夜は,美しい男の首を持って逃げた…
 腐らぬ男の首,首を愛した女,男は秘法により蘇るが,生前の恋が忘れられず…という,「中世説話」を思わせるような,不可思議な,そして少しばかりグロテスクな恋を描いた作品です。しかし,主人公の最後のセリフ,
「恋の話とはどれもこれも夢語りと同じもの」
は,その不可思議さをすんなりと納得してしまうような説得力があるように思います。
「雨は降るとも」
 不実な婚約者をもつ“おまあ”は,ある日,河原で猿使いの犬丸に出会ったことから…
 おまあと犬丸とのストレートな恋を描きながら,それとは対照的とも言える,彼女の不実な婚約者・新太郎と遊女・小菊との恋模様を絡めることで,恋というものの在りようの多彩さを描き,物語に深みを与えているように思います。
新太郎「生き過ぎたのよ…世が世なら戦で討ち死にする年じゃ」
小菊「今の世でいい…おまえに会えたもの」

 どちらかというと,こちらの恋の物語の方がせつないですね。
「安寿と厨子王」
 富豪・梅津院宅に身を寄せる厨子王は,足利家の血を引くと称しているが,じつは…
 仏教説話である“安寿と厨子王”を,換骨奪胎して,まったく異なる物語を創りだしています。ここで描かれる厨子王は,我が身かわいさに姉を見殺しにし,また財産を得るために人殺しをも辞さない,“悪のヒーロー”として設定されています。それも,“現世”だけではなく,亡霊たちを,そして仏の世界をも嘲笑う徹底したニヒリストです。しかし,そんな厨子王が,
「功徳も善根も金で買ってやる…おれはだんだん浄らかになる」
と言い放つシーンは,財産を喜捨することで極楽へ行けると説く仏教に対する痛烈な皮肉になっていると言えましょう。
「玉鬘」
 筑紫の国から都へ連れてこられた玉鬘。“光の君”に保護された生活を与えられているのだが…
 父性の名を借りた情欲,女性のためと称して玩具と同じ扱いをする感覚,保護という名の支配,そしてしたたかな女たち・・・男性にとっては手厳しい物語です。とくに,それまで“光の君”として,その名の通り“光”に包まれていた男が,一夜をともにした後,「朝の日の中で見る光の君は,醜く老いた男でした」と評され,「ふ……」と玉鬘に笑われるシーンは,男性としては,じつに凄みのある,恐ろしい場面です。『源氏物語』をベースにしながら,すぐれて現代的な男女感覚を盛り込んでいるように思います。

98/12/02

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