高橋留美子『犬夜叉』32巻 小学館 2003年

 「目の前に助かりそうな人がいて,あたししか助けることができないって言われたら,助けるに決まってるじゃない」(本書 かごめのセリフ)

 かごめの“力”によって蘇った桔梗。だが彼女の復活は,犬夜叉とかごめの心にふたたび影を落とすことになる。そして,阿毘姫の“鳥の巣”を探す犬夜叉一行は,怪鳥に襲われる城にたどり着き,そこで珊瑚の弟・琥珀に再会。しかし,記憶を失い,奈落に操られる琥珀は,城の人々をつぎつぎと血祭りに上げていた…

 まずは前巻の続き「謎の聖さま編」です。水の中で眠る(?)桔梗,彼女を救えるのはかごめだけ,というシチュエーションで,かごめの判断に「曇り」はありません。それが冒頭のセリフ。邪悪な心と,屈折した想いが錯綜するこの物語におけるかごめの「役割」が色濃くアピールされているエピソードと言えましょう。
 そしてその心−桔梗への嫉妬や犬夜叉への恋慕さえも押しのけるピュアな心こそが,彼女が持っている「浄化」の力よりも,より本質的な「力」を有しているのかもしれません。

 そして中盤は「蘇る琥珀の記憶編」です。奈落によって「分身」の赤ん坊を守るよう命じられた琥珀は,しかし,同じく奈落の命により,城の兵士たちを冷酷に殺していきます。ここらへんの描き方がやはり巧いですね。赤ん坊を守るときに見られる琥珀の豊かな表情に対して,殺戮の場面での凍りついたような顔。このコントラストが,琥珀に科せられたむごい運命と,痛々しさを存分に表現しています。
 そして,その場面で,姉珊瑚と再会。文字通り,人形のごとく殺戮を繰り広げる弟に,ただ呆然とするだけの彼女。しかし,その再会をきっかけとして,琥珀は,辛い記憶を蘇らせます。みずからの手で家族と一族を殺してしまった記憶…奈落に対して殺意を覚える琥珀,と,またひとつ,クライマクスへ向けての歯車が動き出した感じです(桔梗が,犬夜叉を介してかごめに渡した「矢」も,そのひとつなのかもしれません)。

 最後は「この世とあの世の境編」。いくつかのエピソードを迂回しながら,ふたたび「本筋」に戻ったというところでしょうか。ここでも巧いと感じたのは,奈落の阿毘姫・鉄鶏親娘への対処の仕方−利用するだけ利用して,不要になったらあっさり切り捨てる−でもって,奈落の酷薄さを浮き彫りにしているところでしょう。物語というものが,「解説」や「説明」と一線を画すのは,まさに,こういったエピソードの積み重ねによって,「何か」を描き出す手法であることを,この作者が十二分に熟知していることの証左と言えるのではないでしょうか。
 鉄鶏の「血の河」を渡って,ついに最後の(?)四魂の玉があるという「この世とあの世の境」に立ち入った犬夜叉一行。しかし,犬夜叉の父親の死骸に潜む何者かが,彼らに襲いかかる。いったい何者なのか? その意図は? そして奈落との関係は? ということで,以下,次巻です。

03/10/09

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