高橋留美子『犬夜叉』19巻 小学館 2001年

 神楽の襲撃を前にして,半信半疑ながら,かごめを琥珀に託す犬夜叉。しかし,神楽,そして奈落の真の狙いは,琥珀ではなく,かごめの命と四魂の玉だった。奈落に操られ,かごめに襲いかかる琥珀。犬夜叉は間に合うのか? そして珊瑚・琥珀姉弟の運命は?

 しばしば伝奇作品には「心を操る能力」を持った異能者が登場します。でもって,その異能者が敵方の場合,主人公が愛する人物が,その敵方に操られ,戦わねばならないというシチュエーションは,いわば「定番」とも言えましょう。しかし,その能力をあまりに強力に設定することは,物語作りとしてはけっして得策ではありません。強力すぎると「なんでもアリ」になってしまい,興を殺いでしまうからです。どこかに「弱点」なり「隙」を作ることで,主人公はそんな異能者と渡り合えるようになるわけです。
 さて今回のエピソード,琥珀は,奈落によって操られています。姉珊瑚のことも忘れ,奈落の命に従ってかごめに刃を向けます。琥珀が「操り人形」であることは,彼の心のありよう−父親や仲間を殺してしまった過去を思い出したくない−と密接に結びついています。ですから,彼は操られていながらも,「思い出したくない」という,無意識ながら力強い「意志」を持っているとも言えます。いわば,奈落の「人を操る能力」は,皮肉にも,琥珀の「意志」に裏打ちされているというわけです。それゆえ,彼の「意志」が奈落の意図に反するとき−それは「忘れられない顔(=珊瑚)」という形で匂わされています−,彼は,犬夜叉vs奈落の争いにとって,重要なキーパーソンとなるのではないかと思われるのです。

 さて後半は「妖怪・蛾天丸編」です。といっても,このエピソードで出てくる蛾天丸,犬夜叉の「変化(へんげ)」を引き出すためのチョイ役といったところです。村を襲った蛾天丸らの野武士たち。彼らを救いに駆けつけた犬夜叉と弥勒は,蛾天丸の毒繭に捕らえられ,鉄砕牙も奪われてしまいます。繭の中で,いままさに溶けてしまいそうになったとき,変化を起こした犬夜叉は繭を突き破り・・・という内容。
 すでに鉄砕牙が,半妖である犬夜叉の「変化」を抑えるものであることは明らかにされていましたが,そのことを犬夜叉自身は知りませんでした。しかし,今回のエピソードで,自分の「変化」と,それがもたらす惨劇を自覚することになります。完全な妖怪になることを求めていた犬夜叉が,その一方で,完全な妖怪になったときにかごめたちを傷つけてしまうことになるかもしれない,という不安を抱えていることは,これまでに何度か描かれていました。しかし今回,その犬夜叉は明確なものとして,彼の眼前に投げ出されます。
 「おれは人間を狩っただけだ。おれがなりたかった妖怪は,おれが欲しかった強さは・・・こんなのじゃねぇ!」
 「つぎに変化したら,おれはこの爪で―かごめ―おまえまで引き裂いてしまうかもしれねえ」

 「あいまいな不安」は,なんとも始末に困るものですが,「明確な不安」は「解決すべき課題」として対応が可能になります。たしかに解決に至るまでにさまざまな困難がともなうでしょうが,少なくとも「あいまいな不安」の中で,行き先もわからず身動きがとれない状態よりも,はるかに建設的でしょう。
 このエピソードにおける犬夜叉は,そんな「明確な不安」を克服しようとする,新たなステップに足をかけたと言えましょう。「おれが欲しい強さはこんなじゃねえ」というみずからの意志を確認し,そうならないよう鉄砕牙をコントロールするため,彼は竜骨精の元へ赴きます。かつて犬夜叉の父親が封じた強力な妖怪−竜骨精。しかし,そこにふたたび奈落の姿が! 彼によって封印が解かれた竜骨精と犬夜叉との戦いがはじまり・・・というところで,以下次巻です。

01/01/25

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