楳図かずお『漂流教室』1・2巻 小学館文庫 1998年

 小学6年生の高松翔。彼の通う大和小学校は,ある朝,巨大な爆発音ととも荒廃した未来世界へと運ばれてしまう。信じられない環境の変化に,狂い,暴走し,パニックに襲われる小学生たち。そして奇怪な姿をした凶暴な生物の襲撃。翔たちは生き延びるために壮絶な戦いを始める・・・。

 ついに,楳図かずおの代表的傑作,待望の文庫化です!
 ♪うきゃうきゃうきゃうきゃ♪ おサルダンシング〜♪((c)にとさん

 う〜む,やっぱり凄い作品ですねぇ。
 突如,理由も原因も不明なまま,人類が破滅し,荒廃した地球に投げ込まれた小学校の先生と生徒たち。校舎の周囲は砂漠のごとき荒れ地が広がっています。彼らは恐怖におののき,孤立に怯え,しだいに狂気に染まっていきます。
 たとえば「やさしい給食のおじさん」であった関谷は,少ない食糧を自分が握っていることを知ると,残虐な暴君と化します。また翔たちの担任の若原先生も殺人鬼となって,他の先生や生徒たちをつぎつぎと殺していきます。
 そして子どもたちを飲み込む狂気と狂信。「た」のつく名前を持つ生徒が,この事件の原因だと信じ込んだ彼らは,生徒のひとりを磔刑にかけようとします。また屋上から落下した同級生を,「鳥になって飛んでいってしまった。パパやママのところへ飛んでいったんだ」と信じ,あとを追うようにして,つぎつぎと屋上からその身を投げていく1年生たち(このシーンは1・2巻のうちで一番痛々しく,そして怖かったです)。パニック状況で飢餓感に苛まれる少年は,「わかっていながら」残り少ない食糧を食い荒らし,怪虫撃退のために仕掛けられた罠を壊してしまいます。
 さらに大和小学校の支配権をめぐって巻き起こる権力闘争。選挙にともなう,大人顔負けの,脅迫,裏切り,暴力行為・・・。
 そこには「やさしい先生(大人)」も「純真無垢な子ども」もいません。作者は,その陰影の深い独特のタッチで,「これでもか」というくらい残酷に,彼らの姿を描き出していきます。2巻の後半に登場する,奇怪な姿の怪虫との戦いも怖いですが,それ以上に,恐怖に狂い,どこまでも残虐に暴走していく少年少女たちの姿の方が,おぞましく,また不気味であります。それは「残虐行為」そのものの怖さ,おぞましさだけではなく,「もし同じ状況に置かれたら自分も同じことをしてしまうかもしれない」という恐怖なのでしょう。普段の日常生活の中では,沈潜し,抑圧され,隠されている「悪意」や「残酷さ」・・・・。いわば,人間の躰の中におさまっている内蔵をむりやり見せつけられているような恐怖感があります。「おまえの躰の中にも同じものがあるんだぞ!」と。

 以前読んだときは,暴君のごとく君臨する関谷の姿や,襲いかかる凶暴な怪虫に恐怖を覚えましたが,今回改めて読むと,少なくともこの1・2巻では,少年を磔刑にしようとする子どもたちの姿や,屋上から「鳥になって」飛び降りる子どもたちの姿に,より一層の恐怖を感じました。それはおそらく,あの宗教団体の事件の影響なのでしょう。ある特定の異常な状況(それが人為的であるかどうかは別にして)に置かれた平凡な人々が,狂信的な行動へと,あまりに容易に走る姿を見てしまった以上,この作品で描かれる「地獄絵」を,単に「子どもだから」とか「架空の物語だから」とかでおさめてしまうことは,とうてい不可能なのだと思います。

98/07/23

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