今市子『百鬼夜行抄』5巻 ソノラマコミック文庫 2003年

 7編のエピソードを収録しています。

「雲間の月」
 7年前,一緒に失踪した夫とその弟…妻が待ち続ける真意は?
 恋心は常識では推し量れないというお話です(笑) その不条理ゆえに,もののけである尾崎親娘は,いち早く理解していたのかもしれません。
「うす紅色の女」
 祖母の家に引っ越してきた京子が見かける,うす紅色の和服を着た女とは…
 祖母の秘密,犬のもののけが拾った頭蓋骨の“鞠”,犬と祖母との関係…錯綜するいくつかのエピソードが,たくみに絡まり合い,ラストへと導かれていく展開は,この作者のお話づくりの巧さがよく現れていますね。法的な時効と,「心の時効」は必ずしも一緒ではないのでしょう。
「魔の咲く樹」
 その家では,桜が満開のとき,閉じこもっていなければならないという言い伝えがあった…
 「魔性の桜」という,日本ではオーソドクス中のオーソドクスなモチーフです。そこに母親の子どもに対する,歪んだ,といってしまってはあまりに哀しい想いを重ね,さらにストーリィ的には,のちに出てくる岩崎の呪法を織り交ぜることで,ミステリアスな雰囲気を盛り上げています。
「狐の嫁入り」
 祖父が物の怪と取り交わした約定。それが元で律に災難が…
 はるか昔,人はさまざまな「人ならざるもの」と約束を結んでいたのでしょう。「神を祀る」というのも,そんな約束のひとつと言えます(祀る代償として恩恵を得る,という約束)。しかし「もともと親しくつきあう間柄でもない」者同士の約束が,すごく不安定で危険なものでもあることもまた実情。それをきちんとわきまえて,一歩引いた視線で描けるところが,この作者の持ち味なのかもしれません。
「笑う盃」
 始まってしまった百物語。案の定,もののけたちが集まりはじめ…
 律の「大体今だってもう人間より妖怪の数の方が多いのに,これ以上妖怪見たいかよ!」という雄叫び(?)が笑えます。だってこれって,このシリーズの根幹に関わるじゃないですか(笑) 「絵による欺き」を上手に使った,マンガならではの作品です。
「秋しぐれ」
 雨宿りした家…そこに住む少女に招かれ,律は家に入るが…
 読み終わってみれば,非常に古典的な素材(ネタばれ>自覚なき死者)なのですが,少女の父母殺害というミステリ仕立ての展開と,ラストでの二転三転する真相の解明が,ストーリィにほどよいリズムを与えています。
「返礼」
 大学の研究室に出入りする骨董商・岩崎。彼が律にかけた呪いとは…
 「魔の咲く樹」で,名前だけ出ていた岩崎と律との因縁を描いたエピソード。こんな風に時間を前後させて発表するところに,この作者のセンスと遊び心が感じられます。
 岩崎の心に巣くう愛と憎悪のアマルガム…矛盾しながらも,ふたつが同居できるところに人の心の不可思議さがあるのかもしれません。けれども,機械やコンピュータと同じ「技術」である呪術は,そんな中途半端な心を許容することはできないのでしょう。それゆえに「呪術」は,使った人の思惑を離れて,ただただ作用するだけなのです。発射したミサイルが,もう元には戻らないように…ボタンを押してしまった人間の後悔も躊躇も省みることなく……そんな心と呪術との齟齬の拡大が,岩崎をここまで追いつめたのかもしれません。
 また恋愛というのとはちょっと違いますが,律ととの「強い結びつき」を描いた本エピソード,今後の展開にいかなる影響を与えるのか気にかかるところです。

03/07/20

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