今市子『百鬼夜行抄』1〜3巻 ソノラマコミック文庫 2000〜2001年

 高校生・飯島律の死んだ祖父は,怪奇幻想作家にして,じっさいに妖異と交流のあった不可思議な人物。そして律もまた「見える体質」を色濃く受け継いでいた。祖父が律のために残した妖怪“青嵐”,ひょんなことから律の家来となった尾黒と尾白,同じように「見える体質」の従姉妹・司と晶に囲まれて,律の日常は不可思議だらけ・・・

 さまざまなホラー系マンガ誌がありますが,他誌との差別化をはかるためでしょう,それぞれに独自の「色」を持っています。怪奇色を強調する雑誌もあれば,スプラッタが「売り」の雑誌もあります。そんなホラー系マンガ誌の老舗ともいえる,今はなき『ハロウィン』と,それを引き継いだ『ネムキ』は,どちらかというと怪奇や恐怖を前面に押し出す作品よりも,「不思議系」「幻想系」と呼んでいい作品に主力を注いでいるように思います(以前は,御茶漬海苔みたいなスプラッタ系もありましたが,最近はその手の作品は影を潜めているのではないでしょうか?)。

 さて本編は,そんな朝日ソノラマ系ホラーマンガ誌の「色」を十二分に味わえることができる作品と言えましょう。不気味さと怖さはもちろんですが,それとともに奇想と幻想性,そして(わたしとしてはホラー作品にはぜひ必要だと思っている)ユーモアと哀しみが,じつに絶妙なバランスで配合された作品です。
 本作品の不気味さや怖さといえば,なんといっても,それぞれのエピソードに出てくる妖怪の造形でしょう。基本的に人間と妖怪は別物,その世界観や倫理観はまったく異なるものです。ですから「守護神」を名乗る青嵐にしても,律の家来尾黒尾白にしても,律を護ると言いながら,その本質は,人間とは異質なものです。とくに人の命に対する考え方は,人間とはまったく違います。だからこそ彼らは妖怪なのでしょう。
 そんな妖怪の異質さがもたらす不気味さ,怖さをもっとも端的に表しているのが,第3巻所収の3編のエピソード−「反魂術の代償」「凍える影が夢見るもの」「南の風」−に登場する名前不明の「茶髪のにーちゃん」でしょう。とくに「反魂術の代償」では,人の命を「駒」として扱いながらゲームが繰り広げられ,そこに三郎との恋模様を絡めることで,サスペンスたっぷりの作品に仕上げています。晶の三郎を思う気持ちが深ければ深いほど,茶髪のにーちゃんの異質さがより鮮明に浮かび上がってきます。
 奇想と幻想性とが堪能できるエピソードとしては,伝統的な儀式のピンチ・ヒッターを依頼されたが,律とともにとある田舎を訪れるシーンからはじまる「逢魔の祭」(第1巻)が挙げられるでしょう。旧家に伝わる「御神木」と,それにまつわる儀式に秘められた謎を,旧家特有の骨肉の争いを絡めながら上手に描き出しています。また尾白と尾黒の「失敗」を端に発して,クライマクスへと展開させていくストーリィ・テリングは巧みですね。そのクライマクスである御神木を中心とした剣舞シーンの艶やかさ,凛々しさもグッドです。また「花盗人」(第2巻)に出てくる「命の花」という発想のユニークさも楽しめました。それを,晶につきまとうストーカー妖怪(笑)の話の流れと,ラストで合流させて,胸をなでおろせるエンディングへと導いていくところは,きっちりとしたお話づくりと言えましょう(晶のファンなので,その展開に思わず「ドキリ」としてしまいました^^;;)。
 そして哀しみ。「目隠し鬼」(第1巻)や「言霊の水」(第2巻)では,妖怪の真意・正体はいったい何なのか?という「謎」をメインとしながらストーリィをスムーズに展開させていくとともに,その正体が明らかにされるに及んで,妖怪という形象をとらざるを得なかった人間の哀しい「情」が描き出されていきます。とくに「言霊の水」に出てくる「土人形」の正体がやるせないですね。
 さらになんといっても,この作品の大きな魅力となっているのが,全編にあふれるユーモアでしょう。登場キャラクタ同士の軽妙なやりとり,異質ではあるがゆえに,妙に「ずれた」対応が笑いを引き出す青嵐や尾黒・尾白たちの言動などなど,絵のタッチが似ているせいもあるのかもしれませんが,佐々木倫子のユーモアを連想させるものがあります。一番笑ってしまったのが,尾白と尾黒のつぎのセリフです。
「今度,若が「じゅけんせい」から「ろうにん」に変身なさるそうだ。いつ変身なさるのだ? 「ろうにん」とはどのような姿なのだ?(わくわく)」(「南の風」より)

 この作品は,多くの方からご推薦いただいていたのですが,これまで手にする機会がありませんでした。今回はじめて読んでみて,そのご推薦の理由が実感できたように思います。おもしろかったぁ。

01/06/26

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