山岸凉子『封印』1・2巻 白泉社 1995年

 舞台は20世紀初頭のエジプト。ハワード・カーターは,王家の谷で,ファラオの墓を発見することを夢見る若き考古学者。だが気まじめで頑固な性格が災いして,地元の有力者の怨みをかってしまう。発掘調査からはずされた彼は,風景画を観光客に売って,糊口をしのぐ失意の日々を送る。一方,イギリスの貴族カーナボン卿は,療養のためにエジプトへ来,考古学の魅力にとりつかれる。そしてふたりの運命的な出会いは,世紀の発見をもたらすことになる・・・。

 ハワード・カーター,カーナボン卿とくれば,エジプト考古学史上,最大の発見といわれる,ツタンカーメン(トゥト・アンク・アメン)王墓の発掘であります。で,ツタンカーメンといえば,「世紀の大発見」以上に有名なのが「ファラオの呪い」であります。
 2巻の段階では完結していないので,最終的にどこまで書くのか,王墓発掘までの過程を描くのが目的なのか,「ファラオの呪い」が目的なのか,まだわかりませんが,物語は神秘的な雰囲気に満ちています。オープニング,カーターは砂嵐に包まれたテントの中で夢を見ます。
「汝,我を見よ。汝,掘り起こしとくと見よ。我は汝を王と成さしめる者なり」
 という金のサンダルを履いた男からの言葉。それ以来,カーターの周囲には,謎の男が出没するようになります。そしてカーターに古代エジプトの護符を与え,彼の身を守ります。いったい彼は何者なのか?(まあ,見当はついてしまうのですが(笑))。
 さらにカーターは,発掘した墓の中で不思議な振動を感じるようになります。しかし彼以外に振動を感じる者はない。気のせいか,と思っているところに,同じように振動を感じる,カーという少年が現れ,振動を感じさせる墓はよくない,といいます。その直後,発掘に参加していた老人の突然の死。さながら,ツタンカーメン王墓発掘後の「ファラオの呪い」のように・・・。しかもカーの瞳は,カーターに,護符をくれた謎の少年を思い出させます。カーという少年の正体は? と,まあ,こんな感じで物語はミステリアスに進行しており,やはり最終的には「ファラオの呪い」へとつながっていくのではないかな,と予想されます。

 ただ今のところ(第2巻までのところ),そういった神秘的な雰囲気もありますが,どちらかというとカーターのエジプト考古学にかける情熱と,彼が出会う苦難のほうが読んでいておもしろいです。
 古代エジプトの財宝に群がる盗掘者たち,一攫千金目当ての発掘師たち,考古学がまだ「宝探し」と同義であった時代で,カーターや,彼の師匠であるピートリーのような「考古学者」は,むしろ特殊な存在なのかもしれません(ところで,このピートリー,考古学史上ではたいへん有名なお人のようです。大学時代,考古学の授業で彼の名前を聞いたことがあります)。
 一方,カーターのパトロンとなるカーナボン卿。こちらなんともお気楽なイギリス貴族という設定です(本当はどうか知りませんが)。いかにも,貴族として,乳母日傘で育ったような楽天的な人物です。おまけにきっちりプライドだけは高い俗物といえば,俗物という感じです。でもけっして印象は悪くありません。気まじめ頑固で職人肌風のカーターだけだと,ちょっと雰囲気が暗くなってしまいそうなところに,楽天的な貴族カーナボン卿を傍らに配することで,ストーリーの展開が明るくなっているように思えます。

 さて,それまで「王家の谷」の発掘権を握っていたセオドア・デイビスが,「王家の谷にはもうファラオの墓はない」と,発掘権を放棄,カーナボン卿はさっそく発掘権をとるようカーターに指示を出します。ときに1918年,第一次世界大戦終了の冬,ふたりは夢の実現へと向かうところで,第2巻は終わりです。白泉社のホームページを見たら,3巻は出ていない様子。いよいよ物語は佳境にはいるところで,ううむ,残念。蛇の生殺し状態です。

 ところで,この作品でカーターは20代前半くらいの青年のように描かれていますが,ちょっと調べてみたら,彼は1873年生まれ,1910年には37歳のはず,第2巻末の1918年には45歳・・・。とてもそうは見えん(笑)。まあ,少女マンガの主人公なんて,そんなもんなんでしょうね。

97/09/22

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