石ノ森章太郎『歯車』角川ホラー文庫 2002年

 「石ノ森章太郎プレミアコレクション」というサブタイトルのついた本書には,原作付き2編を含む短編3編と「石森章太郎読切劇場」と題されたショート・ストーリィ11編が収録されています。

 原作付き作品のうち1編は,小松左京の,あまりに有名なホラー作品「くだんのはは」です。空襲で焼き出された主人公の少年は,神戸芦屋の旧家に疎開するが,そこには…というお話。むちゃくちゃネームが多い作品となっています。もし,ほかの作家さんが同じようにやったら,かなり鼻につくのではないかと思いますが,この作者の場合,それが一種の「スタイル」にもなっているところがありますので,さほど気になりません(笑)
 もう1編は,国産ホラー映画の古典として,これまたあまりに有名な「マタンゴ」です(原案は福島正実星新一だったんですね)。絶海の孤島に流れ着いた男女が,そこに生えるキノコを食べたことから…という内容。ですが,じつはわたし,まだ見たことないんですよね,この映画(..ゞ スチールなどで見ると,「キノコ人間」は,かなりおどろおどろしいフィギュアになっているようですが,この作者のタッチですと,あまりグロテスクな感じはありませんね。

 しかしなんといっても本書の「目玉」は,「石森章太郎読切劇場」でしょう。作者お得意のSFあり,サイコ・サスペンスあり,奇妙な話あり,ナンセンスあり,怪談ありと,じつにヴァラエティに富んだ作品11編より成ります。こんなことを言うのは,大家である作者とファンの方に失礼かもしれませんが,正直「こういったタイプの作品も描いていたのか」と驚きました(^^ゞ
 わたしの一番のお気に入りは,表題作「歯車」です。“M社”のエリート社員外山はライヴァル“L社”のスパイだったが…というストーリィ。権力を行使しているつもりが,じつは,より大きな権力によって翻弄され,またスパイ活動をしているつもりが,じつはスパイされているというアイロニカルな内容です。二重三重に仕組まれた複雑なプロットが,現代の企業活動の不可解さを上手に表現しています。
 「鋏」は,作者の「思い出」を語るような語り口で進む奇妙なお話です。主人公が若い頃に知り合ったふたりの女性。別の女性と結婚した主人公の元に,そのうちのひとりが訪れ…という話。片方の,やや気弱な女性に仮託されて語られる主人公への恋心と,最後に主人公に渡される血の付いた鋏。淡々としたタッチで描かれながら,その底流に,どこか「狂気」を思わせる情念が顔を覗かせているところがいいですね。
 「カラーン・コローン」は,古典的な怪談「牡丹灯籠」をベースにしながらも,ラストで思わぬツイスト,SF的に着地する,この作者ならではの作品といえましょう。たしかに「骸骨」と「アレ」って,どこか雰囲気に通じるものがありますね(「アレ」はネタばれになるので,あえて書きませんが)。「だまし絵」も,同じようなSF的趣向で,最後に二転三転する,作者らしいエピソードですね。
 一方,「遠い日の紅(あか)」は,江戸川乱歩を彷彿させる淫靡なサイコ・サスペンスです。暴君な父親と虐げられる母親が,じつは歓喜をともにするSM関係であったことを知ったために,主人公の心が歪んでいく様を描きながら,その歪みの奥深さをラストで,意外な「真相」を明らかにすることで,巧みに表現しています。
 また「旅鴉」は,コテコテの「時代劇」です。「一宿一飯の恩義」というフォーマットを用いながら,その「恩義」が絡み合うことで生じる「やりきれなさ」こそが,「股旅もの」が持つ宿命的な哀しみであることを示しているように思えます。
 そのほか,幻想味を醸し出しながら,文明批評的なテイストも併せ持った「灯台」「衛(まもる)」,ナンセンスなブラック・ギャグ「JAM SAUSAGE」,雪女の側からその哀しみを描き出した「怪談雪女郎」などなど,この作者の多彩な「顔」を見ることのできる作品集として楽しめます。

02/06/26

go back to "Comic's Room"