諸星大二郎『碁娘伝(ごじょうでん)』潮出版社 2001年

 頃は唐代,玄宗皇帝の御代。城外の廃屋に妖怪が出るという噂が巷間で囁かれる。美女の姿をした妖怪は,ひとりで来た男に碁を挑み,勝つと男の耳を切り取るという・・・だが,妖怪とされる美女・玉英には人知れぬ目的があった・・・

 凄腕の碁と剣の技量を持つ謎の美女碁娘こと高玉英の活躍を描いた連作短編集です。計4話を収録しているのですが,そのファースト・エピソードの発表が,なんと16年前!(掲載誌は,今は亡き『コミコミ』)。その後,ポツリポツリと描き継いで,ようやくにしてめでたくコミック1冊分になったとのこと。いやはや,相変わらず息が長いというか,なんというか・・・

 さて「第1話 碁娘伝」は,城外の廃屋,碁を打つ妖怪の噂,相手の耳を切り取るグロテスクさ,その背後にある女の真意,という,まさに中国の伝奇・志怪小説のフォーマットを踏襲する作品です。ここでおもしろいと思ったのは,武巨というキャラクタの設定でしょう。彼は,冒頭に「女怪」に挑み耳を削ぎ落とされるという,本編のメイン・モチーフを描く素材でありますが,後半,女怪=高玉英=碁娘の真意,つまり復讐の完遂を目撃する役回りが当てられます。いわば,この作品は第三者的な視点で描かれながらも,武巨という「実体験者」「目撃者」を登場させることで,「この話は彼によって伝えられたのだよ」という「口頭伝承」の形を模していると言えましょう。
 「第2話 碁娘後伝」は,「碁の名人+剣の達人」という設定を受け継ぎつつ,第1話の「個人的復讐」から,恩ある人の無念を晴らすという「義侠」に,玉英のスタンスをシフトさせた作品です(これは第3話へも引き継がれます)。また,碁娘のターゲットのひとりと目される劉知府と,そのボディ・ガードである呉壮令,彼らと碁娘との対決を軸とする活劇的なストーリィ展開になっています。悪役ながら,なかなか肝の据わった魅力的なキャラ・劉知府,ストレートな武人といった呉壮令と,碁娘との虚々実々の駆け引きは緊迫感にあふれます。
 そしてなんといってもクライマクス。碁盤上での対決する劉と玉英,周囲を武人に取り囲まれた玉英が,いかに危機を脱出するかというサスペンスは息詰まるものがあります。危機にありながら婉然と笑う玉英が,なんともかっこいいですね。
 山中で道に迷った旅人が,一泊の宿を求めた家で,玉英の暗殺現場を目撃するところから物語が始まるのが「第3話 碁娘翅鳥剣」です。前作登場の呉壮令に,その旅人,碁の名手李棗中のふたりが,玉英を追います。この作者にしては珍しいトリッキィなコマ割りを用いて,呉VS玉英のバトルと,玉英による暗殺をスリルたっぷりに描き出しています。
 碁については,わたしはまったく知らないのですが,将棋と同様,「どれだけの先まで読みきれるか?」という理詰めのゲームだろうと思います。そのゲーム性がもたらすミステリ的な雰囲気と,剣戟のスリルとが巧みにマッチした展開となっています。
 同様の趣向は,ファイナル・エピソード「第4話 棋盤山」にも現れています。玉英との決着をつけるべく,「棋盤山」に赴いた呉壮令と李棗中。限られたスペースでの呉と玉英との一騎打ちを描いていますが,玉英による「理詰め」の戦いが,緊迫感があるとともに,意外な逆転劇が効果的で,じつに良いですね。

 ところで,冒頭にも書きましたように,第1話から第4話まで,16年の歳月が流れています。そのため,第1話,第2話,第3・4話とでは,主人公の顔立ちを描くタッチが若干変わっています(線が細くなっています)。個人的には第2話の玉英の顔立ちが,凄艶さがあって好きです。

01/11/01

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