文月今日子『銀杏物語』主婦と生活社 1995年

 「文月今日子自選傑作集」というサブ・タイトルのついている本作品集は,いまでは入手することがほとんど不可能な,この作者の初期作品が収録されています。「銀杏物語」「春夏秋冬」「愛ちゃんの春一番」「夏の賦」「白き森の地に」「ミシェルおじさんの初恋」「フリージアの恋」の7編です。なんともなつかしく,そしてうれしいですね,こういった復刊は。

 「ど根性」とか「特訓」とか,おしつけがましく,どこか歪んだキャラクタばかり登場する,いわゆる「スポ根もの」全盛の少年マンガにいい加減うんざりしていた頃,少女マンガに出会いました。そんな「少女マンガ青葉マーク」の頃に知った作家のひとりが,文月今日子でした。彼女の描く少女たち,明るく,ポジティブなキャラクタたちは,それまで少年マンガでは見たことのない魅力的存在でした。しかし,一見,天真爛漫に見える彼女たちは,けっして××でも,無神経でもありません。
 たとえば「銀杏物語」の主人公・チイ(千草)は,男の子に負けない,やんちゃでおてんばな少女ですが,舞台となる山奥の村に来る前,1年間,喘息治療のために入院していました。しかし彼女の姿には,暗い影は見られません。また彼女が療養中,ひとりの少年に出会ったことが,彼女の口から語られます。すごくすてきな少年だったので,それ以来,誰とでも友だちになろうと決めたと,彼女はいいます。「その病院の男の子からラブレターでも来るんだろ」という遠藤先生のからかいの言葉に対して,彼女は「その子は死んだの,先生。心臓病だったの」と,少し哀しげに,しかし笑みを浮かべながら彼女は答えます。
 そこには,ことさらにかまえることなく,おしつけることなく,だからといって,けっしてないがしろにすることなく,その少年が残してくれたもの(「誰とでも友だちになろうと決めたの」)を大切にしようとするチイの姿が描かれているように思えます。彼女の明るさや天真爛漫さは,そんな哀しみやせつなさみたいなものを,どこかに内包しているからこそ,力強さをもあわせもっているのかもしれません(なんだか,初恋の告白みたいで恥ずかしいなあ(^^;)。

 と,まあ,こんな風に書くと,しんみりとした作品かと思われるかもしれませんが,基本的に彼女の作品は,コメディが多いです(もちろんそれだけではありませんが。例えば本書所収の「白き森の地に」など)。とくに彼女が好んで描く「悪ガキども」は,大人顔負けのしたたかさと,クールさをもっており,むしろ大人たちが彼らの言動に振り回されます。
 「愛ちゃんの春一番」の主人公・愛ちゃんは,離婚しても未練を残す両親のよりを戻させますし,「ミシェルおじさんの初恋」シモン(シモーヌ)もまた,的確にミシェルの恋心を見抜きます。そんな一筋縄ではいかない子どもたちが,テンポよく飛び回ることも彼女の作品の魅力のひとつです。本作品集には収録されていませんが,『わらって! 姫子』などは,そんな悪ガキどもの魅力が存分に味わえます(これって,いまでも手にはいるのかなあ? ほしいなあ)。

97/08/05

go back to "Comic's Room"