内田春菊『ファンダメンタル』新潮文庫 1997年

 作者に対して,失礼であることは重々承知で書きますが,じつのところ,この作者が,これほど「映像」の上手い作家であるとは知りませんでした(「映像」が上手いのであって,「絵」が上手いというわけではありません。念のため(これも失礼だな))。エロティックなシーンには定評のある彼女ですが,けっしてそれだけではない,登場人物の心情をじつにうまく,また余情をもたせて描いています。

 彼女の作品は,かつて『幻想の普通少女』を読んで,女性のまなざしを通して,セックスや男女関係を,非常にストレートに描く作家だな,という印象がありましたが,絵柄がどうも肌に合わなかったせいか,その後,ほとんど意識して読むようなことはありませんでした。買ったコミック誌に,たまたま掲載されているのを,見るともなしに見ていた程度。

 本書も,エッセイ集かと思って本屋で手に取り,ぱらぱらとめくってみて「あ,マンガか」と思ったのですが,本書のなかの1編「嫌いにさせないで」のワンシーン,ボーイフレンドが,友達のことを「あいついい女だよな」といったセリフに対して,「困る」と,主人公が顔を伏せるシーンを見て,思わず「ぞくり」としてしまいました。同じアングルで,上目使いと伏せ目の主人公のアップをふたつのコマで対照させて,見るものに少女の心の動きを,じつに的確に伝えているように思えます。また少女の顔を右に寄せ,左側に空白を残すことで,少女の不安感が叙情豊かに表現しているように感じられます。同様に,「彼の寝顔」では,悪夢におびえる恋人をなぐさめる女性の姿を,斜めに切ったコマ割りで,恋人の不安感を表すとともに,主人公の女性を斜めのコマの下の方に配することで,彼を包み込む主人公の暖かさ,安定感を表現しているように思えます。そのほかの短編でも,コマ割りやアングルをいろいろと工夫していて,登場人物の心の動きを,映像的にすごくうまく表現しているな,と感心してしまいました。

 なんだか技術論みたいな話になってしまいましたが,内容的にも,心温まる話もあれば,エロティックな話,コミカルな話(満月の夜に女性に変身する男性を恋人にした寿美子さんの話),手厳しい話,皮肉っぽい話など,ヴァラエティに富んでいて,おもしろく読めました。こういった,セックス込みで女性の気持ち(男性から期待される女性の気持ち,ではなく)を描ける作家さんというのは,やっぱりあまりいないのでしょうか?(といっても,「本当の女性の気持ち」と「男性から期待される女性の気持ち」とを,男性であるわたしに区別できるのかどうか,わかりませんが)。

 「女が現実を取り戻した瞬間から,男のセンチメンタルな時間が始まるのかしら」(「魔法のとけた日」)というセリフは,思わず「どきり」としてしまう,なんとも心憎いセリフですね。

97/05/15

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