青池保子『修道士ファルコ』白泉社 1992年

 舞台は14世紀後半の中世ヨーロッパ。かつて“ナバーラの鷹(ファルコ)”の異名で,その剣技を鳴り響かせた騎士は,みずからの血塗られた半生を悔い,修道士ファルコとしての生活を送る。しかし俗世の習いがいまだ抜けないせいか,彼の周囲には,なぜかトラブルがつきまとい…

 この作者お得意の「中世ヨーロッパもの」です。騎士あがりの修道士ファルコが,毎回いろいろなトラブルに巻き込まれていく様を,ときにコミカルに,ときにしっとりと描く連作集。青池版「修道士カドフェル・シリーズ」といったところでしょうか(もっともカドフェルほど年くっていませんが)。
 で,このファルコ,この時代の修道士の「義務」であったトンスラ(剃髪)をしていません(日本人だと,教科書に必ずと言っていいほど載っている宣教師ザビエルのヘア・スタイルとして知られていますね)。というのも,ファルコの頭の地肌には「おぞましい」形をしたアザがあり,それを見せないためにトンスラが禁じられているという設定です。作中の作者のエッセイによれば,「苦しまぎれ」と書いていますが,なかなか巧い着想です(やっっぱり少女マンガに,トンスラ頭の主人公はフィットしませんものね(笑))。

 さて全部で4つのエピソードが収録されていますが,まず「chap.1」の舞台はスペイン。「中世ヨーロッパもの」のこの作者の代表作と言える『王城−アルカサル−』の主人公ドン・ペドロ王が登場します。イントロダクションとも言える本エピソード,ドン・ペドロ王を絡ませることで,ファルコの騎士としての半生,卓抜した力量,そして「おぞましい」アザなどの初期設定を,じつに効率的に描き出しています。
 そして「chap.2」からは,舞台をドイツのリリエンタール修道院に移して,本編のはじまり,といったところでしょう。その「chap.2」では,修道院所蔵の「聖遺骨」が盗まれるというストーリィ(ここらへんもピーターズの『聖女の遺骨求む』を彷彿とさせます)。そして無事に骨を奪還したファルコ,それを狙った盗賊団から守るため,一時的に口中に入れるのですが,つまづいた拍子に飲み込んでしまう,という展開は,思わず笑っちゃいます。そして,現実的とも幻想的ともとれる幕引きは,いかにも「中世」という雰囲気でいいですね。
 「chap.3」は,ある領主が,修道院に土地を寄進する直前に死亡,どうやら他殺らしい…というお話。前回から登場の修道士オド−俗世では警察系の役人だったらしい−とコンビを組んで,ファルコは,その事件に関わります。しかし本編の「主人公」は,なんといっても領主の息子ヨハンでしょう。父親を死に至らしめた財宝,しかし父の愛情の表現でもある財宝−それに対するヨハンのアンヴィバレンツな感情,彼に対するファルコのいたわり…ひとりの少年の良質なビルドゥング・ロマンとなっています。
 そして最後の「chap.4」。使いの帰り,盗賊に襲われた商人一家を助けたファルコ,その商人には15年前に行方不明になった義妹がいるという…という内容。1枚のハンカチの紋様から,するするとつながっていく人間関係,ひとりの若者の愚行によって急展開する物語,そしてラスト,尼僧院長の「粋な計らい」によって昇華する15年間の苦悩などなど,ストーリィ・テリングの妙が味わえます。また笑みを誘うエンディングも見事です。
 いずれのエピソードもキャラ設定,ストーリィ展開に,この作者らしいベテランとしての力量が十分に発揮されている作品と言えましょう。雑誌休刊のため,4回で終わってしまったのは残念です。

 それにしても,ファルコと,「chap.1」のドン・ペドロ王,「cahp.2」以降の修道士オドというカップリング…「金髪vs黒髪」というパターンは,この作者の「王道」ですね(笑)

05/06/12

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