青池保子『エロイカより愛をこめて』23巻 秋田書店 1998年

 フランス情報部のブリニャックが企んだ計画「トロイの木馬」,それは,アラブ過激派を操り,ドイツに来ているアメリカ国務長官を暗殺,ドイツの地位を貶め,EUでの主導権をフランスが握ろうとするものだった。エーベルバッハ少佐の追跡に対し,ブリニャックは優秀な諜報員“Q”を投入。国務長官の来独まであと2日,少佐は「トロイの木馬」計画を阻止できるのか?

 という,なんともハードな展開をみせる「No.17 トロイの木馬[Part3]」,完結編であります。ところどころ,小さなギャグが入るところは相変わらずですが,いやいや,なかなか緊張感あふれる展開です。少佐たちが,小さな手がかりで“Q”の行方を探すシーンとかは,「警察ミステリ」を読むような雰囲気ですし(あるいは『ジャッカルの日』とか・・・),クライマックスのひとつ,“Q”によって首に時限爆弾を仕掛けられた伯爵を救うために,少佐とボーナム君が奔走するところもいいですね(でも「当たりだったら感謝状と花輪を墓前に供えてやるぞ」というセリフは辛辣ですね(笑))。
 そして,なんといっても,少佐と互角に渡り合う“Q”! 少佐と伯爵を足跡で雪の中を引っ張り回したり,教会の中に乾電池を残して置くところ,少佐や伯爵に輪をかけた性格の悪さですね(笑)。この作者,やっぱりこういいた“サド目系”を描かせるとダントツです。
 でもって,エンディング,少佐と“Q”の一騎打ち! のところに伯爵がしゃしゃり出て・・・,というのはお約束ではありますが,思わず「をを! 『ダイハード』!」と叫んでしまいました(笑)。

 さて本巻には,もう1編,新生『エロイカ』初の「番外編」,「エーベルバッハ中佐(前編)」がおさめられています。
 少佐が,なんと,「組織につきものの人事異動」により,中佐に昇格して,情報部から実戦部隊に復帰。イギリス・ソールズベリで嬉々としてレオパルド戦車を乗り回す日々を送っています。あまりのうれしさに,周りのイギリス人から「明るいドイツ人」「陽気で楽しい中佐」と呼ばれるほどの変わりよう・・・(少佐,いやさ中佐が,大口広げて「はっはっはっはっ」って,笑うシーン,めったになかったんじゃないですかね)。
 でもって,彼の後がまで情報部にやってきたのが,連邦情報局のゴットフリート・ローデ,「自分が背負った暗い過去を披露したがるタイプ」。部下たちに,自分のくらぁぁいスパイ生活を語って聞かせます。一番暗い話はやはり「東側から救出できなかったおかまの悲惨な末路」でしょう(<いったい,どんなやんねん!(爆!))。で,暗い上司のおかげで,NATO情報部の士気は低下するばかり・・・。なにしろ,あのまじめなZが,「A先輩,アラスカに転属願いを出してもいいですか?」なぞとメールを出す始末(これにも爆笑してしまいました!)。
 このままではまずい! というわけで,部長やSISのミスター・L,ロレンス,そして伯爵が,「ローデを追い落として,少佐を情報部に復帰させる作戦」を開始するのだが,事態は思わぬ方向に進み・・・,というところで前編終わりです。
 このエピソードで感心したのが,Aが,ローデの暗い話を聞いたあとに,少佐を回想するシーンです。
「少佐も厳しい経験を積んだはずなのに,暗い話はしなかった。自分の辛かったことは口に出さない人なんだ」
 なるほどなぁ,という感じです。そういや,少佐の情報部時代の「昔の話」はほとんど出てこないですね。「ZIII」の中で,「その頃の上官がひでぇ野郎でな,おれはいつも・・・」くらいでしょうか(笑)。少佐って,けっこうハードボイルドなんですね。

 この巻は,「トロイの木馬」の緊迫感と,「エーベルバッハ中佐」の大笑い,と,『エロイカ』のふたつの持ち味を,存分に楽しめる1冊でした。

98/06/03

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