青池保子『エロイカより愛をこめて』13巻 秋田文庫 1999年

 伯爵がはからずも手にした“マイクロフィルム”をめぐって,チロルの平和な街で繰り広げられる少佐・白クマ・ディックたちの凄絶な争奪戦。一方,指令が来たにも関わらず,フィルムが手元にない“マリア・テレジア”の焦りは深まる。はたして三すくみ,四すくみの情報戦はいかなる決着を迎えるのか?

 というわけで「NO.14 皇帝円舞曲」 の完結編です。
 『エロイカより愛をこめて』というタイトルにも関わらず,ここのところ,やたら影の薄かった伯爵でありましたが,ここへきて一気に主人公らしいポジションに「社会復帰」します(笑)。西側と東側との間に繰り広げられるスパイ戦の緊張感もおもしろいですが,伯爵が,そのプロたちを引っかき回すという,本シリーズの基本的なシチュエーションはやっぱり楽しいですね。作者も楽しんでいるようで,インスブルックの街中を馬に乗った少佐ディックに走りまわらせたり,チロルの渓谷をカヤックで川下りさせたりと,サスペンス・コメディ映画張りの大活劇(笑)を描いています。こういったスピード感・躍動感のあるハチャメチャぶりが,この作品の魅力のひとつと言えましょう。
 そしてなによりも,「あわや任務失敗!」という少佐を,伯爵が身を挺して助けるクライマックス!
 少佐の,
「おれは今きさまに対して怒るわけにはいかんのだ。だから怒らせんでくれ・・・!」
のセリフは,彼の精一杯の感謝の気持ちを表しているんでしょうね。プロ同士のシビアな闘いを描いたこのエピソードのエンディングにふさわしい,ジンとさせる名シーンと言えましょう。

 それから今回,メイン・キャラクタたちとともに存在感があったのは,いうまでもなく“マリア・テレジア”であります。夫―CIAのスパイ“メッテルニッヒ”―の靴底に隠したマイクロフィルムが,なかなか戻らず焦りまくる彼女。彼女にアプローチする伯爵との駆け引き。伯爵を殴り倒して強引にマイクロフィルムを奪う気丈さ。ゾクゾクするようなサスペンスが伝わってきます。そして彼女が,少佐や伯爵の監視の目をかいくぐって,エージェントにマイクロフィルムを手渡すシーンは,読んでいて,彼女と同様,思わず「ほっ」としてしまいました(笑)。
 またラストの舞踏会のシーン。「皇帝円舞曲」がかかったとき,“マリア・テレジア”が「わたしの青春の曲よ」と語る一言には,たった一度の任務のために人生をおくってきたスパイとしての彼女の哀愁と(結果的には失敗に終わったとはいえ)任務達成の充実感のようなものが,じんわりと描き出されていますね。
 このマンガは,元気な「おじさんたち」が活躍する,(発表当時の)少女マンガとしてはめずらしいパターンではありますが,こういった「おばさん」にもしっかりとした役回りとキャラクタを与えているところは,この作者の「お話作り」の卓抜した技量を表しているのではないでしょうか。

 どうやらこのエピソード,「旧エロイカ」の最終話のようですね。まさに掉尾を飾るにふさわしい,本シリーズのスタイルとしては,もっとも完成度の高いエピソードと言えるかもしれません。

 さて本巻には,もう1編,「小銭王 ジェイムズI世伝」が収録されています。この作者が好きな中世ヨーロッパを舞台に,お馴染みの面々が大暴れ,といった番外編です。部長演じる,ちょっとあぶない「万年司祭」が,あまりに役にはまっていて大笑いしてしまいます。

99/09/14読了

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