山岸凉子『黒鳥〜ブラック・スワン〜』白泉社 1995年

 4編よりなる短編集です。

「黒鳥〜ブラック・スワン〜」
 1940年代のアメリカ。バレリーナのマリアは,亡命ロシア人で天才的なバレエ振り付け師ミスターBと結婚するが・・・。
 作品中に,主人公マリアの祖父でアメリカ先住民の予言師(の霊?)が登場しますが,「よく当たる予言者とは不幸ばかりを告げる者のことを言うんだよ」「不幸は願いさえすればすぐにでもやってくるんだよ」という彼のセリフは,なかなか含蓄があります。白鳥しか踊れない主人公の心の奥底にも,黒鳥が潜んでいたのでしょう。
「貴船の道」
 後妻に入った真紀子。子供たちはなつかず,夫も仕事で帰りが遅い。そんな彼女は不思議な夢を見るようになり・・・。
 「妻」となった元「愛人」が,死んだ「妻」の苦しみや嫉妬を追体験するという作品。死んだ前妻の亡霊かと思っていたのに実は・・・,というラストは,この作者らしい作風ですね。
「緘黙(しじま)の底」
 小学校の養護教員・吉岡彩子は,同僚の教員・関谷との結婚話が進んでいる。だが学校の問題児・香取恵を知ったことから,暗い過去が蘇り・・・。
 「家族内のトラブル」というのは,なかなか表面化しにくいもののようです。とくに日本の場合,「身内,家の恥を外にさらしてはいけない」という意識が強く働くせいでその傾向が強いと聞きます。しかしトラブルというのは,表面化しないがゆえに,より深刻化するものなのでしょう。ネタばれになるので書けませんが,ラスト直前での主人公・彩子のセリフは,「親子愛」「家族愛」という“美名”の名の下に隠された「権力関係」「支配関係」を露にしているように思えます。また「あるはずがない」ことは「ないこと」とは限りません。「あるはずがない」がゆえに無視し,隠蔽したことが明らかになるとき,隠したこと,無視したことの代償を払わねばならないのだと思います。ラストは,全面解決というわけではありませんが,救いがあります。
「鬼子母神」
 二卵性双生児の兄と妹。しかし兄は王子さまで,妹は悪魔だった・・・。
 この作品も,前作と同様,「家族」とくに親子関係がテーマになっています。夫にとって妻は,女ではなく母親の代替物でしかなく,そして母親にとって息子は男としての夫の代替物でしかない。ここで描かれる母親と息子の関係(「一生懸命兄に尽くす母,母から離れない兄」)は,「共依存」というのでしょうか,限りなく近親相姦的です。「食べたいくらい愛している」というのは,ときとして本当のことなのかもしれません。そんな親子関係から疎外された主人公の妹にとって,母親は菩薩の顔を持つとともに,その背後に夜叉(?)の顔を持つ存在として描かれています。だからこそ,その呪縛にも似た「愛」から逃れることができたのでしょう。

97/12/06

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