星野之宣『ベムハンター・ソード 母なる海の星』1巻 講談社 2002年

 俺の名前はソード・ラン。一匹狼の異星獣(ベム)ハンターだ。どんなに苛酷な環境の惑星であろうと,どんなに危険な生物であろうと,依頼さえあれば,きっちりと“ハント”するのが,俺の商売。でも,ときおり俺は思うんだ。もっとも危険な“ベム”というのは,俺たち人類じゃないかと…

 10年ほど前,同じく講談社から第1巻が出版され,長いこと2巻を待っていたのですが,結局出ませんでした。1996年にスコラ文庫版で全1巻という形で刊行されたのを機に,「ああ,もう終わったんだな」と思っていたのですが,最近発表されたシリーズ新作1編を収録して,ふたたび講談社から復刊。「ちょっと商売がアコギじゃない?」と思いつつも,つい買ってしまうのがファン心理。いやはや困ったものです(..ゞ

 さて本シリーズは,主人公ベムハンター・ソードが,多様な惑星環境の中で進化した生物を,あの手この手を使いながらハントしていくというストーリィを軸としながら,それにともなうさまざまな人間の愛憎や欲望を絡めて描いていくという作品です。つまりSF的想像力をベースとしながら,そこにアクション・スリル・サスペンスを加え,さらに人間ドラマを埋め込んでいくという,まさに星野作品の王道を行くシリーズと言えましょう。
 本巻には,新作1編を含め,計8編が収録されていますが,その中でまずのお気に入りは「FILE.4 進化の鏡」。10年前,事故で調査中止となった惑星ピテコウサ,新たに派遣された調査チームが見たのは,短期間で恐ろしいほどに進化した“猿”たちだった…というストーリィ。医学的には,脳味噌を食べても記憶は伝わらないということになっているようですが,それはそれ(笑) 殺したはずの男のセリフをしゃべる“猿”が出現したり,また脳味噌を喰らうショッキングなシーン,ラストでの「噂」などなど,SFホラーの佳品です。
 おつぎは「FILE.6 狂戦士」。ソードが救助された軍隊の宇宙船で,謎の惨殺事件が続発。ソードはその犯人と疑われるが…というお話。「クローズド・サークル」での殺人事件といえば,ミステリの定番であるとともに,『エイリアン』に代表されるようにSFサスペンスでもよく見られます。ソードがいかに危機から脱出するか,というスリルとともに,原因をきちんと究明するよりも,効果があるとわかれば無節操に何でも取り入れる「軍隊の論理」の怖さ,それがもたらした悲劇の哀しさ・虚しさも併せて描いています。
 一方,哀愁を帯びた叙情性もまた星野SFの「持ち味」のひとつです。「FILE.2 惑星ファイオリ」では,苛酷な自然環境に適応した“生殖期擬態生物”ファイオラが登場します。「少女」の姿態で表現されたファイオラの生命のせつなさ,はかなさは,けっしてSFだけの話ではなく,わたしたちの「生」そのものをも表しているように思います。また本巻のサブタイトルにもなっている「FILE.3 母なる海の星」の舞台は,惑星表面の90%以上が海に覆われた“海の星(ステラ・マリア)”です。その海に住む超巨大海棲生物“レヴァイアサン”(文字通り「怪物」という意味ですね)を捕獲しようとするお話。地球の鯨をモデルにしているかと思いますが,そのアクションたっぷりのハンティングを,子連れの女性ハンターの心の揺れ動きを織り交ぜながら描いています。
 SF的な奇想が楽しめる作品としては,「FILE.5 HOT SPOT」「FILE.7 生物祭」が挙げられるでしょう。前者は「天然の原子炉」という環境の中で,独特の生態系を営む生物(と,それを欲望のために攪乱しようとする人類)が描かれ,後者では,ごく短い“雨季”の訪れとともに,タイトルにあるように,さながら「祭」のごとく生命があふれかえる惑星の姿を,迫力ある画面で描き出しています。また,一見,ソードのハントが失敗したように見えながら,じつは…という,しゃれたエンディングも巧いですね。
 そして本書購入の最大の目的といえば,新作「FILE.8 ラグーンの彼方」です。で,表紙を見てびっくり。「ソードが太ってる!」(笑) なんでも戦争に巻き込まれて,2年間,抑留生活を送ったという設定。きっと抑留中は運動不足だったのでしょう(笑) ま,それはともかく,ラグーンに守られながらも,1万年に1回の“大潮”の際に,上陸しようとする両生類というSFらしい発想がおもしろいとともに,そこに「父親」という“ラグーン”から離れて独り立ちする娘の姿をオーヴァ・ラップさせているところもまた,この作者らしいと言えましょう。彼女にとっての「ラグーンの彼方」に何があるのか? それは誰にも分からないことなのでしょう。

02/11/07

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