藤田和日郎『暁の歌 藤田和日郎短編集』小学館 2004年

 「僕はちょっと…胸をはってみたいんだよ」(本書「空に羽が…」より)

 この作者といえば,『うしおととら』『からくりサーカス』といった大長編作品で,一本通ったメイン・ストーリィに,さまざまなキャラクタ,エピソードを加え,ひとつの「世界」を作り上げるストーリィ・テラーとして有名ですが,本書に先立つ第1短編集『夜の歌』によって,短編作家としてもすぐれた資質を持っていることがわかります(ちなみに『夜の歌』では,新本格派ばりの奇想天外な「大技」が楽しめる「夜に散歩しないかね」と,伝奇的発想をベースとしながら,少女のアンヴィバレンツな心理を活写した「からくりの君」がお気に入りです)。
 本集には4編が収録されています。

「衝撃の虚空 ATTACK OF A MOMENT」
 テロリストに征圧されたアメリカ軍の核ミサイル基地。事件解決に呼ばれた日本の老人は…
 この作者はじめての青年誌(『ヤングサンデー』)掲載作品とのことで,主人公を青年(大学生? プータロー?)に設定しているようです。この主人公のビルドゥング・ロマン的なところもありますが,やはりかっこいいのは,主人公のおじいちゃんであります。「かっこいい老人」は,『うしおととら』に出てくる蒼月紫暮(潮のとーちゃん)とか,光覇明宗お役目様とか,まさにこの作者の自家薬籠中のものといえましょう。敵役レーベンフック少佐にトドメを刺した直後に見せる表情は圧巻。
「空に羽が…」
 山の頂に町がひとつずつある世界…そこは恐怖の女王によって支配されていた…
 異世界ファンタジィです。たとえ周囲の人間に知られることがなくても,自分の信念に矜持を持つキャラクタというのは,この作者のもっとも好むところなのでしょう。冒頭に引用した,主人公虫目のセリフには,「じん」と来るものがあります。ところで,本編に登場する女王,どこか白面のものを彷彿とさせますね。
「ゲメル宇宙武器店」
 宇宙怪獣の襲来により,滅亡直前の地球にやってきたのは,宇宙を股にかける武器商人だった…
 この作者の作品としては,かなり異色の雰囲気をもった作品です。作品のあとに収録されているイラスト付きコメント(?)によれば,なにやら企画ものかとも思わせます(詳細は不明)。軟弱な主人公が,ふとしたきっかけでがんばる,という,これまたこの作者お気に入りのストーリィですが,全編のコメディ・タッチが災いしてか,ちょっと浮いた印象がぬぐいきれません。持ち味といえば持ち味なんでしょうけどね。
「美食王(ガストキング)の到着」
 美食ゆえに国民を困窮のどん底に陥れた王に,少女は復讐を誓う…
 アラビアン・ナイト的世界を舞台にしたファンタジィです。その「異界性」を強調するために,「ナレーション」や「ト書き」を挿入することで,映画あるいは舞台のような描き方をしている点は,おもしろいですね。また,まるで「とってつけたような」姿形のキャラがじつは,というマンガならではの「反転」も楽しめます。ラスト,これまたアラビアン・ナイト的な奇想天外なハッピー・エンディングもいいですね。ただ難を言えば,本集中,一番新しい本作品,アシスタントが変わったのでしょうか,脇キャラのタッチが,以前と少し変わっていて,そこらへんに「落ち着きの悪さ」を感じてしまいました(単なる「慣れ」と言ってしまえば,それまでなんですが)。

04/02/21

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