岡崎二郎『アフター0(ゼロ) 著者再編集版』7・8巻 小学館 2002年

 単行本未収録作品所収の「完璧版」も,これで完結。やはり毎月2巻ずつという刊行ペースだと,あっという間に終わってしまいますね。オリジナル版が,短編で不定期掲載だったため,超スロウ・ペースで,新刊の発売を「まだか,まだか」と心待ちしていたのとは,えらい違いです(笑) うれしいやら,ちょっとさみしいやら…

 さて7巻のサブタイトルは「生命の鼓動」,「生物ネタ」のエピソードを集めています。一方で「自然の一部としての人間」でありつつ,その一方で「自然を逸脱した存在である人間」,さらには「自然の破壊者としての人間」という,いわば「自然と人間との距離」を,さまざまなSF的発想で切り取って見せている作品16編を収録しています。
 そんな中でのお気に入りは,両者の関係を,皮肉っぽく幻想的に描いている「人猿の湯」です。人が鬱陶しい人間関係から自然の中へと逃避したいという願望を持つように,動物の側ももしかすると人間世界へと入り込みたいと思っているのかもしれません。ラストのセリフが思わず苦笑を誘います。
 それから,会社を辞め,全財産をなげうって釧路湿原でひとり住む男の願望を描いた「楽園への招待」は,どこか「怖い」部分もありながら,心惹かれるところもあるのは,わたし自身の中に,この作品の主人公の気持ちと相似たものがあるからなのかもしれません。
 未収録作品の中では,「花だより」が,一番よかったですね。政情不安のため,フィリピンを離れざるを得ず,そこに残してきた一本の桜が忘れられない老女が主人公です。桜の木がそのまま残っていたら,それは単なる「いかにも」的な「いい話」に終わっちゃうのですが,そこにこの作者らしい奇想をブレンドすることで,違う意味での「いい話」にしているところが,岡崎テイストですね。
 同じような趣向の作品として,「のみこむ」「遙かなる口笛」「あなたの声が聞こえる」「白い世界の彼方から」なども,人間にははかり知ることのできない自然界の不可思議さが,思わぬ「奇跡」を呼び起こすエピソードとして楽しめました。

 そして最終巻「未来へ…」。掉尾を飾る本巻に,比較的初期の作品が目立つのは,やはり「岡崎SF」の原点だからなのかもしれません。「小さく美しい神」は,オリジナル版1巻のサブタイトルにも選ばれた佳品。大企業と座敷童子という,なんとも奇抜なカップリング,さらにそのふたつを結びつける意外な「モノ」と,この作者のエッセンスが詰まったエピソードとも言えましょう。「幸福(しあわせ)の叛乱」は,「小さく…」と同じく大洋電機を舞台にしています。「すべての人々を幸せにする」という,正論中の正論をインプットされたコンピュータが,思わぬ事態を巻き起こすというお話。この作者の絵柄の「ほのぼのさ」やユーモアのある描き方ながら,企業がしばしば口にする「世のため人のため」というお題目の空々しさを映し出している,けっこうブラックな含みもある作品になっています(ちなみにこのコンピュータ“スキューイーズII”は,「想い出は結晶の中に」で,ひとりの“女性”に恋をして,人類と“心中”を画策します。なんとも人騒がせなコンピュータです(笑))。
 この巻でわたしが好きなのは「悪魔の種子」です。古代の遺跡から発見された小麦の種子。“悪魔の種子”と呼ばれるそれを,新しい穀物MR−22として売り出した企業を待ち受けていた運命は?という内容。なぜ「悪魔の種子」と呼ばれるのか? 謎の天才科学者神村の真の意図は? さらにMR−22がもたらした災厄の顛末は?という謎が,ストーリィをぐいぐいと展開させていき,あわやカタストロフと思いきや,それを回避させるハートウォームなエンディングと,SF・伝奇・サスペンスと,この作家さんの力量が十二分に発揮されている仕上がりになっています。

 販売数がどんどん落ちているマンガ雑誌の現状では,出版者側・編集側からすれば,同一キャラクタによるシリーズものの方が,人気の安定度という点で,より需要が高いのかもしれませんが(ハリウッドで,なにかというとヒット作の「2」が作られるのと同じ論理ですね),この『アフター0』のような独立短編シリーズもまた捨てがたい魅力があると思います。同じような趣向の作品がもっと増えるといいですね。

02/11/19

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