横山光輝『その名は101』1・2巻 秋田文庫 2002・2003年

 医学研究のため…そう聞かされて,みずからの血を提供した山野浩一,別名“バビル2世”は,その血が,彼と同じ“超人”を作り出すために使われていることを知り,CIAの秘密研究所から脱走する。そして全世界に散らばっている“超人”を倒すべく,戦いを始める…

 『バビル2世』といえば,この作者の代表的なSFアクション作品であり,何度もアニメがリメイクされていることからも,その根強い人気のほどがうかがい知れます。その陰に隠れて,とでも言うのでしょうか,同じバビル2世山野浩一101を主人公とした本作品は,それほど有名でない観があります。
 しかし,もちろん『バビル2世』も好きですが,個人的には,この作品もけっこう気に入っています。なぜかというと「三つのしもべのいないバビル2世」という初期設定がじつにワクワクさせるものだったからです。バビル2世といえば「三つのしもべ」=ロデム・ポセイドン・ロプロスというくらい,彼らは『バビル2世』において活躍し,バビル2世とのコンビネーションは,作品の魅力のひとつとなっています(とくにロデムが,その変身能力を巧みに用いながら,危機に陥ったバビル2世を助けるところは,ストーリィ展開にスリルとメリハリを与えていたように思います)。
 しかし本作品では,「三つのしもべ」は登場しません。彼らは,101のテレパシーの通じない地下の核実験施設に囚われているという設定です。それゆえ101は,彼の「血」が産み出した超人たちと,彼ひとりで戦わねばなりません。
 そういった「孤独な戦い」という設定のせいでしょうか,各エピソードには,けっこうシビアなストーリィ展開とあわせて,どこか哀しく虚しい雰囲気も漂っています。

 たとえば一番最初のエピソード。自分の血が悪用されていることを知った101は,研究所を脱走しますが,山中で熊と戦い傷つき,インディアンの少女に助けられます。しかし彼女は,101の血を輸血されたネズミのモンスタによって殺されてしまいます。いわば「101に関わってしまったがゆえの不幸」という,この作品のメイン・モチーフが強烈に出ているオープニングなのですが,この少女のあっけない死は,初読のとき,けっこうショッキングでした。
 また続く「ニューヨーク編」では,『バビル2世』ではほとんど出ることのなかった「恋をする生身の山野浩一」を描いている点で,きわめてユニークなエピソードとなっています(スケートをしながらのキス・シーンなんて,なかなかしゃれています)。しかしそのお相手であるチャイニーズ系の少女王銀玲も,じつは某大国のスパイで,101に意図的に接近したことが明らかにされ,さらにラストの銃撃戦で死んでしまいます。
 このようなテイストは,101が戦う敵方の超能力者の造形にも現れています。2巻冒頭に出てくる“超人”ドミノは,一種のサイコ・キラーといった雰囲気があり,冷酷無惨に敵を殺していきます。そのためついにはCIAからも見放され,101との戦いの中で孤独に死んでいくという展開となります。あるいはまた,ジェームスは,貧しさゆえに,高額報酬の「実験」に協力し超人化,愛する家族のために殺戮を続けるという設定です。
 つまり,『バビル2世』と同様,壮絶なサイキック・バトルを基調としながらも,101も含めた登場人物たちの人間性を深く描くことで,よりアダルティなストーリィを作り出していると言えましょう。

 それともうひとつ,この作品の魅力となっているのが,すぐれたミステリ・テイストです。たとえば空港で,101が麻薬所持容疑で逮捕されるところは,彼が一般人を戦いに巻き込みたくないという基本姿勢を巧みに利用したCIAの罠ですし,また秘密研究所を舞台にした超能力者スペンサーとの戦いでも,スペンサーが予知する「101の姿」がどのような意味を持っているのか,というミステリが,ストーリィを引っ張っていきます。
 この作者の作品は,それこそ『伊賀の影丸』以来,「危機的状況に陥った主人公がいかにそれから脱出するか?」という,サスペンスとミステリが「売り」のひとつになっていますが,この作品にもその持ち味も十分に盛り込まれています。

03/02/06

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