Detective Quiz -MEETING-

事件FILE 2

紛失癖

 もう、秋という名で呼ばれる時期だというのに、気温は30度近くまで上がっていた。そんな中、門脇は某ビルの前にいる。彼は、ガードレールに腰を下ろすと胸ポケットから煙草を取り出し、最後の一本に火をつける。空の箱を指でひねると辺りを見回し、結局、胸ポケットへと戻してしまった。
 こんな所で彼は何をしているのかというと、まさかデートの待ち合わせをしている訳ではない。俗に言う「聞き込み」である。当然、彼一人で行動するわけがなく、勿論「おまけ」が付いてくる。その「おまけ」が、自動ドアのガラス越しにそのビルの奥から、うっすらと姿を現した。何かネタを仕入れたらしく、必死に手帳へ書き込みながら歩いている。
 ふと目をやると門脇の左側から、「おまけ」と同じように、システム手帳に目を奪われた女性が、そのビルの入り口を横切ろうと、こちらへ向かって歩いてくる。
 その女性は、肩より少し下まで伸ばした髪に軽くウェーブをかけ、上下赤いスーツを身にまとい、真っ赤な口紅で飾っているのだが、それがごく自然に見える、いわゆる大人の女性をかもし出していた。右肩にかけているセカンドバックは手帳を取り出したばかりなのか、彼女が歩くリズムに合わせてカタカタと蓋が相づちをいれている。
 「このタイミングだと……。」
 と、門脇は思ったが、時既に遅し。「おまけ」と大人の女性は衝突事故を起こしてしまった。幸いにも人身事故までに至らなかったが、彼女のセカンドバックの住人たちは無惨にも全て路上へと放り出されてしまった。
 「す、すみません! 大丈夫ですか? 本当にすみません!」
 「いえ、こちらこそ前を見ていませんでしたから…。あら…。」
 彼女は、放り出された住人達に気が付いたようだ。浅田も気付いたらしく大声を出す。
 「門脇さん! ちょっと手伝って下さいよ!」
 恥ずかしいので他人のふりをしようと思っていたが、名指しで呼ばれては放っておく訳にいかない。3人は道の真ん中で、住人たちを掻き集め住まいへと戻し始めた。ところが、
 「あのー……。」
 門脇は何かに気付いたようで、遠慮がちに彼女に問いかけた。
 「はい?」
 「えー、差し出がましいとは思うんですが……。」
 路上に放り出された全ての住人を元へと戻し終えると続けた。
 「あなた、よく物とか無くされませんか?」
 「えっ?」
 「いえ、6回……、いや、それでは多すぎるので……そうですね……4回位は鞄ごと紛失されてません?」
 その女性は思いもよらない門脇の言葉に驚きの表情を見せる。
 「えっ?……何故、解るんですか?」
 「えー、あなたの所持品を見れば一目瞭然です、はい。」
 彼女は慌ててセカンドバックの中を見ると、暫く考え込む。しかし、10秒程すると、
 「……あっ、成る程! そういう事だったのね!」
 と、大人の女性にしては少しアンバランスな可愛らしい笑顔を見せた。
 「そういうことです。…紛失にはお気をつけて…。」
 門脇も同じく笑顔で答えるが、隣で見ている浅田は皆目見当が付かない様子である。彼女は、今度はセカンドバックの蓋をしっかりと閉めると、門脇に言葉をかけた。
 「あなた、探偵か何か?」
 「えー、まぁ、……そんな感じです…。」
 「そう。じゃあ、今日はラッキーだわ。テレビじゃなくて、本物の名探偵に会えるなんて!」
 彼女は髪をかき上げると、「また何処かで、お会いできるといいですね。名探偵さん!」
 と、言い残し人混みの中へと姿を消していった。
 「門脇さん! 何で解ったんですか!?」
 突然、「おまけ」と一緒だという現実の世界へ引き戻された門脇は、少々機嫌が悪そうだ。
 「何が?」
 「またー、とぼけちゃって、やだなーもう。彼女がよく物を無くすって事ですよ!」
 「…あぁ、そのことか…。」
 「ケチケチしないで教えて下さいよ!このスケベ!」
 「何でスケベなんだよ! ……もう、いい。教えてやんない。」
 「そんなぁ! いいじゃないですか、教えてくれたって! ねぇ、教えて下さいよ!」
 「うるさいなぁ。…じゃあ、彼女の所持品を言ってみろよ。…君、覚えてる?」
 「失礼だなぁ。それ位覚えてますよ!…えーと、財布でしょ、ハンカチ、それからティッシュに、えーと…。えーと、何だったかな…。」
 「サングラス、免許証、化粧品の小袋、名刺入れ、携帯電話、フロッピーディスク、それと、彼女が手にしてたシステム手帳。…これ位覚えろよ。君、ホントに刑事?」
 「あっ! ひっどいなぁー! 今まで色々言われましたけど、その中でも一番酷いですよ! …ぼ、僕だって門脇さんの気付かなかったこと、一つ知ってんですから!」
 「何? 言ってごらん。」
 「実はね、彼女、着ている服が赤いってだけじゃなくて、中も赤いんですよ! さっきぶつかった時にスカートの中がチラッと……って、ちょっとー、人の話を聞いて下さいよ!」
 門脇はあきれ顔で、ビルの前の路上に止めていた車へ乗り込もうとしていた。
 「私はこれで署に戻るけど、君は、何故彼女の紛失癖が解ったか…。この謎が解けるまで帰って来なくていい!」
 この言葉を残して、車に乗り込んでしまった。
 「ちょっと待って下さいよ! 僕はどうやって帰るんですか! それに僕の鞄が後ろの席に乗せたままなんですよ! ちょっと、ねぇ、待って下さいよー! 門脇さーーん!」
 浅田の必死の言葉は届かず、そのまま取り残されてしまった。

 

 彼の帰宅は、時計の短い針が「9」の字を少しまわっていた。自宅は繁華街から少し外れたマンションの3階にある。エレベーターを降り、ドアへ鍵を差し込むとカチッという音と共にノブを大きく回転させる。ドアを開けて中に入ろうと思った門脇だが、
 「君、何してんの、こんな所で…?。」
 ドアの横に座り込んでいる浅田に、とりあえず声をかけた。
 「だって…、門脇さんが、署に帰ってくるなって言うから…、あれから色々考えたんですけど全然解らなくって…。どうしようかなぁ、って思って歩いてたら、いつの間にかここに来てて…。」
 「あっそ、ご苦労さん。じゃ、おやすみ。」
 「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 何時間待ったと思ってるんですか!」
 浅田が、ドアを開けようとする門脇にまとわりつく。
 「そんな事知らないよ! 私は疲れてるんだ。休ましてくれよ!」
 「僕だって待ちくたびれましたよ! 6時間も待ってたんですから!」
 その言葉が耳に入ったとたん、急に門脇の動きが止まった。つられて浅田も動きを止める。
 「…ちょっと待て。…君、今、6時間って言った?」 「はい。6時間です!」
 「今何時?」
 「9時15分過ぎです。」
 「ビルを離れたのは?」
 「…2時過ぎだったと思います。」
 「と、言うことは…。もしかして君、たった1時間で諦めて、ここに来たの!?」
 「えっ、まぁ、そういうことになりますかねぇ。はは…。」
 不器用な浅田は、笑顔で誤魔化すしかない。
 「あきれた奴だなぁ、君は。」門脇は右手で顔を覆う。
 「しかも、あのビルからだと署の前を通ってここに来たわけだろ? 署に行った方が近いじゃない!」
 「ええ、でも、門脇さんが…。」
 「……馬鹿だねえー。君みたいな馬鹿、見たことないよ。」
 「毎日会ってるじゃないですか!」
 自分のことを馬鹿だと認めていることに浅田は気付いている様子はなく、真剣な面持ちで答えている。門脇は大きく溜め息をつくと、(何故、こんな奴が私の部下なのだろう?)と、署の人事部へ対する腹立ちを押さえ、なんとか言葉を出すことが出来た。
 「……とにかく、明日署に行ったら教えてあげるから、今日は帰って寝なさい。君も明日は一応仕事があるだろ?」
 「『一応』って何ですか! その一応って!」
 「君に一番相応しい言葉だと思うけど?」
 「もう、…とにかく教えて下さいよ! 地下鉄の話じゃないけど、気になって眠れそうもないです!」
 「じゃあ、起きてれば? おやすみ。」
 門脇は中へ入ろうとするが、浅田が外側のノブを持ち扉を閉めさせてくれない。
 「そんな事言わないで、教えてくださいよ!」
 ゴンッ! 鈍い音が静かなマンションに響いた。力のバランスがとれていた扉だったが、門脇がノブから手を離した為、浅田の額を直撃したのである。浅田にとっては本日2度目の事故だ。
 「そう言えば、君もこの前………あれ、どうしたの?」
 門脇は、おでこに手をあててしゃがみ込んでいる浅田に気が付いた。
 「どうしたの…って、門脇さんが急に手を離すから、おでこを思いっきりぶつけちゃいましたよ!」
 「あららら…大丈夫かな?」
 「ちょ、ちょっとー、僕よりドアの心配しないで下さいよ! もう!」
 少々不機嫌そうな雰囲気を醸し出す浅田ではあるが、門脇の言いかけた言葉が気になるらしい。
 「…それより、今何か言ってませんでした?」
 「あ、そうそう。そう言えば君もこの前、鞄を無くしたって言ってたね。」
 「ええ、ちょっと飲み過ぎまして…。」
 「鞄の中には、いつも何入れてるの?」
 「全部です。仕事で使う、警察手帳と手錠、拳銃以外は全部鞄に入れてます。」
 「で、見つかったの?」
 「いえ、結局ダメでした。」
 「そう、解った。じゃ、おやすみ。」
 「ちょ、…」
 ゴンッ! 浅田、本日3度目の事故。門脇が閉めたドアが直ぐさま、また、開いたのである。事故の原因となるべく、浅田がどのような行動をとったかは想像がつくと思う。

 

 「えー、これをお読みのあなた。お解りになりましたか?
 私が何故、彼女の紛失癖に気が付ついたか……。えー、それは、実は私も一度だけ彼女と同じ経験をしたことがあるからです。しかも、今の話で、彼、浅田も同じ経験をしている事が解りました。にもかかわらず、彼は全く気が付いていません。困ったものです、はい。
 えー、もしかすると、あなた。そう、これを読んでいるあなたも、同じ経験をしているかもしれません。心当たりは、御座いませんか? そうそう、1度、ご自分の鞄の中を御覧になった方がいいかもしれませんよ。
 それでは、また、お会いしましょう。」

 

 門脇は今度こそドアの扉を閉めた。中からカチャッという音が聞こえる。
 「門脇さーん! 今、誰と話してたんですかー? ねえ、門脇さーーーーーーーん!」