「門脇さぁぁん……。」
これはまたえらく情けない声を出している。彼は一枚のメモを顔の前で握りしめ、今にも泣き出しそうな顔模様だ。しかし門脇は、「またか…」というような半分は呆れ顔で振り向いた。残りの半分は唯一の贅沢を邪魔された腹立ちである。と、なると当然右手にはコーヒーカップが握られている。
「何? また、女の子にふられたの?」
「そうなんで……、ち、違いますよぉ! 毎回々々ふられてばかりなわけ無いでしょ!」
「あ、そう。珍しいねぇ。…でも、女の子絡みだろ?」
「……そ、…そうです…。」
と、さっきの勢い良さは無くなり、浅田の顔はまたもや雨模様に変わった。門脇は、それを横目で見ながらコーヒーを一口飲むと、
「…で、ふられた…以外だと、何があるの?」
と、尋ねた。その言葉を待ってましたと言わんばかりに、浅田は跪くと門脇の腕を掴み、今にも雨がこぼれ落ちそうな眼で見つめてくる。
「よ…、よくぞ聞いてくれました…門脇さん…。じ、実は………。」
浅田は思い詰めた顔で熱く語り始めるのだが、門脇にとってはそんなことよりも、浅田に捕まれた腕で握っているコーヒーが気になって仕方がなく、カップの水面は浅田が一言喋ると同時に、嵐にあった海のように波を立てている。そんなカップと浅田の真剣な顔を交互に慌ただしく見比べているのだが、今の浅田には、そんな状況など知る由がない。
「この前、受付に凄く可愛い子が居たので、彼女は勤務中だったんですけど思い切って声をかけたんです。そしたら、以外と話が盛り上がっちゃって、「これは、いける!」って確信したんです。で、思い切りついでに、今度の日曜日にデートをしよう!って言ったら、…そしたら、彼女…暫く黙り込んじゃって……。」
「…で、ふられたの? ま、そんなことはどうでもいいから、私の腕をはなしなさい!」
「だから、ふられたんじゃなくて…、そしたら、彼女……。」
どうやら門脇の言葉は、浅田の脳まで届かなかったようだ。
「そしたら、彼女、このメモを僕に渡して……。」
と、先程自分の顔の前に握りしめていたメモを、今度は門脇の目の前に差し出した。
「この謎が解けたら、デートしてあげる…って言うんです…。」
門脇は、そのメモをじっと見つめると、浅田の顔を覗き込む。
「何、これ? なぞなぞ?」
メモには、こう書いてある。
浅田権太郎 → ?
「解んないんですよぉ…。只、このメモを渡すだけで、何にもヒントをくれなかったんですぅ…。」
浅田は、何処か遠くを見つめている。遠くと言っても低い天井しかないのだが…。ところで門脇は…と言うと、暫くそのメモを見つめていたが、いつものように右手を顔に持っていくと…1分も経たないうちに、引き出しから1本の鉛筆を取り出した。
「も、もしかして、解ったんですか?!」
浅田の、その言葉を聞いたとたん、門脇は鉛筆を止めてしまった。そして、浅田の顔をマジマジと見ると、なんと、その鉛筆を引き出しへと戻してしまった。
「一応解ったけど…、自分で考えて御覧。解けなかった時は、デートを諦めるんだね。」
「えー! そんな事言わないで、教えてくださいよぉ! 僕の頭じゃ解らないから門脇さんに聞きにきたのにぃ…。」
門脇はすっかり冷めてしまった残りのコーヒーを飲み干すと、こう答えた。
「あのね…。幸福というモノは自分の力で手に入れるモノじゃないの? 他人の能力で手に入れたとしても、それは直ぐ崩れ去るね。……と、言うことで、自分で考えなさい。」
「えー!? そんなぁ…。…じゃ、せめてヒントぐらい下さいよ。お願いします!」
「ーん。ヒント…ねぇ。……しょうがないねぇ。ちょっと待ってて。」
と、言うと空になったカップにおかわりのコーヒーを注いできた。
「さて、と…。えー、これは、単純な暗号文でね、ある法則に基づいて書かれてるんだよ。」
「法則…ですか…?」
「そう、法則。…ーん。高沢正義…って言う、売れない作家を知ってる?」
「いえ、知らないですけど…。」
「あ、そう。…で、彼の名前を、この法則で書くと、えー、「107513」と、なる。」
「へぇ。何でこうなるんですか?」
「だから、それは自分で考えなさい。」
「あ、そうでした。ん?…もしかして、ヒントって、これだけですか?」
「これで十分だと思うけど…。」
「そ、そんなぁ…。せめて、もう一つぐらいお願いしますー!」
「ーん…。じゃ、もう一つの決まり事として、この法則は一方通行なんだ。」
「…? 一方通行…? 何ですかそれ?」
「だから、ヒント。さ、後は自分で考えなさい。デート出来る事を祈ってるよ。」
門脇は上着に袖を通すと、そそくさとコーヒーを飲み干し、部屋を出ていってしまった。
「ホントにデートの成功を祈ってるのかなぁ…?」
さて、早くも明日は日曜日。浅田は受付の彼女とデートが出来るのか………?
