小学校生活の始まり

   りょう坊は入学式を1週間後に控えた4月初めに、何と「水ぼうそう」になってしまい、当然のごとく、
   入学式の出席はドクターストップがかかってしまいました。
   一生に一度しかないのにと我が子を不びんに思いましたが本人はあまり意識してない様子、
   おかげでパニックをおこさずに済みましたが内心複雑・・・・・。
   入学式から一週間後、りょう坊は初登校、ちょうどこの日に、特殊学級の入級式があり、りょう坊に
   とっての入学式となりました。

   特殊学級のうえに1週間も登校しなかったりょう坊、よけい交流学級では浮いてしまうのでは
   と心配しましたが、クラスのお友達は、1人だけなかなか登校しないりょう坊が登校して来るのを
   心待ちにしていてくれたようで、かえって人気者になりました。
   (交流学級とはりょう坊が在籍する普通学級の事で音楽、体育、図工の授業は交流学級で受けます。)
   上級生も先生方もりょう坊に良く声をかけて下さり、りょう坊にとって学校は、休みの日にも
   行きたがる程楽しい所になりました。

   その日、帰りに保育園と療育センターへ、りょう坊の制服&ランドセル姿を見てもらおうと出かけましたが
   小学生から園児にひきもどされるとカン違いしたのか、「保育園、ご卒園」「センター、ご卒園」と
   言って、保育園にも療育センターにも入ろうとせず、とうとう車から降りずじまいでした。
   それでも、先生方が車までりょう坊の姿を見に来て下さいました。
   
   初登校から4日目、りょう坊が学校で絵を画きました。メロン、スイカ、みかん、お肉、お魚の絵でした。
   保育園卒業まで、ぐるぐる殴り書きしかしなかったのに、スゴイ!
   (『スケッチブック』でりょう坊の絵による成長記録を紹介しています。)
   
   ある日、いつものようにりょう坊を迎えに行くと、担任の先生がティシュにくるんだりょう坊の
   大きな耳あかを見せてくれました。(隣の特殊学級の先生がりょう坊の耳そうじをして下さいました。)
   りょう坊は生まれてこのかた、耳そうじをしていません、というよりもりょう坊がさせてくれませんでしたし、
   子供の耳あかは自然に取れるので無理に耳そうじをしなくても良いと聞いていたので
   そのままだったのです。
   それ以来、耳そうじは、特殊学級の先生にしてもらうようになりました。(自宅では拒否されます。)
   
   りょう坊の学級には6年生が2名、2年生が1人、そして1年生のりょう坊が1人です。
   6年生の1人が工作が得意で、その子のまねをして、たこ焼き屋さんを作ってしまいました。
   その子に対してのあこがれが強いようで、良く後をついていたっり、話しかけたりしているようです。

  学校生活にも、特殊学級のお友達にも慣れてきて、毎朝、ダッシュで校舎に向かい、各特殊教室の先生方に
  「おはようございます!」とあいさつに行きます。
  そして、おきにいりの先生に「高い、高い」をしもらって自分の教室の入るのが、日課になりました。
  校内の探検もするようで、CDプレーヤーを持っている先生のところへ音楽CD持参で聞きに行ったりします。
  また、図書室の地球儀がお気に入りで、ぐるぐる回しているようです。
  同じ特殊学級の一つ上のお友達と写真を取り合いになり、ケンカ。
  ケンカもできるぐらい、たくましく成長したかと親として感慨深いものもありました。