歩けるようなってからのりょう坊

    歩けるようなってからのりょう坊は、じっとしていることが出来ず、常に動き回っている子供でした。
    1才位でする「指さし」はなく、言葉も全然出でませんでした。
    1才半検診の時に言葉の遅れを指摘され、「保育園等に入れて同年代の子供の刺激を
    受けさせられたらと」アドバイスされ、最初に保健所の親子教室に参加しました。
    
    そこで、りょう坊は、気に入ったお遊戯や体操を少しするだけで、大半は知らんぷり。
    1人で教室中をウロウロしたり、教室の外に出たがったりしました。
    力ずくで、じっとさせようとするとパニックをおこしたりして、どうしたら良いのか分からない状態でした。
    
    外出の時は、りょう坊のどこかをつかんでいないと車道に飛び出しそうだし、スーパーではすぐ
    (りょう坊のママ)の視界からいなくなるので、5才までカートに乗せていました。
    「イタズラをしてはダメよ!」、と言って聞かせても、何度も繰り返す。
    手も出てしまいました。しかし、りょう坊の寝顔を見ると涙目で反省の毎日でした。
    この頃から、りょう坊のママの体調が崩れだし、思うように、りょう坊にかまってあげることが
    出来なくなりました

    2才半になっても相変わらず、りょう坊は言葉が遅く、取って欲しい物があっても、ただ「とって」と
    しか言えず、「○○を取って」と言うことが出来ませんでした。
    そこで、先輩のおかさん方や友人そして、おじいさん、おばあさん、などの周りの人に相談すると、
    「男の子は言葉が遅いもんだよ、5歳まで全然しゃべれなかったけど、今は学校の先生に、
    なっている人もいるよ」と言われて、安心したり、また、りょう坊を見ていると不安になったりの
    日々でした。
   
    この頃、りょう坊のママは仕事が決まり、りょう坊も保育園(市の認可保育園)に入園する事になりました。
    「保育園等に入れて同年代の子供の刺激を受けさせられたらと」のアドバイスを受けていたので
    保育園に入園する事により、りょう坊が少しでも成長できたらとの願いもありました。    

  保育園でのりょう坊

    保育園で、りょう坊と同年代の子供達を見ると、明らかに違う。
    先生のお話を聞けない、じっと座っていられない、教室から脱走する。
    お絵かきをすると、黒一色でぐるぐる円を描くだけ、お友達とは遊ばない、1人でお気に入りの
    おもちゃで遊ぶか、1人で指しゃぶりしながらボンヤリしていたり、時には性器いじりをしたりしていました。
    でも、お友達と遊べないと言っても、無視されたり、いじめられたり、するわけでもなく
    むしろ、クラスの子供達は「りょうちゃん、りょうちゃん」と何かとかまってくれました。
    しかし、りょう坊は自分から、お友達との関りをさけていたようです。

    朝や帰りのあいさつのお遊戯など、毎日繰り返され、パターン化しているものは気に入っていて家でも
    歌ったり、踊ったりして、私達に見せてくれました。
    この頃のりょう坊は1人で遊んでいるときに、りょうママが一緒に遊ぼうとすると怒ったり、遊びをやめて
    しまうほど、人と関る事を拒んでいました。
    こだわりも強く、毎朝、同じおもちゃで遊ばなければ気が済まず、先にお友達が遊んでいても
    横取りしようとして、ケンカになって、それでもあきらめることが出来ず、最後にはパニックを
    おこしてしまう程でした。
    そうこうしいるうちに、ようやくオムツがとれ(4才)、食事や着替えが1人で出来るようになりました。
    オムツのとれたりょう坊は、おねしょはしませんでした。夜中に、お父さん「おしっこ」、おかあさん「おしっこ」
    と言って、私達をおこしてくれました。(現在も同様です。)
    保育園で同年代の子供達との違いも目立ちましたが、りょう坊はりょう坊なりに保育園生活を楽しみ
    そして、成長もしました。

    入園して一年位経った頃、保育園の先生に児童総合相談センター(児相) に行く事を勧められました。
    児相で発達検査と身体検査、また、妊娠、出産時の状況やこれまでの成長過程などをきかれ、
    月一回のグループ療育に参加するように言われました。
    しかし、りょう坊のママの体調不良などで、思うように通うことが出来ませんでした。

    その後、りょう坊が4才の冬、りょう坊のママが慢性腎不全になり、1ヶ月半入院し、人工透析患者と
    して、週3回、一回4時間以上時間をかけ人工透析をしないといけなくなりました。
    病気が理由で、りょう坊のママが仕事を辞めたので、りょう坊が保育園に通えなくなるのではと
    心配もしました、しかし、りょう坊は続けて保育園に通えることになりました。