1学期の期末テストがあった。テストは3日間にわたって行われた。
 ぼくのテスト勉強のやり方はというと,テストの始まる2〜3日前に,クラスメートの本宮君(彼は,クラス委員長をやっている。眼鏡で,ヒョロッとして,真面目で,勉強家で,...誰に対しても親切に振る舞う。生き方がスナオ。聖人って感じ。そんな風だから,みんなから慕われていて,必ず「君」付けで呼ばれるのだ。)にノートを借りて,全てのページをコピる。そして,テストの前夜に,コピーと教科書を延々と眺める訳だ。
 この3日間はほとんど眠ってない。
 そんな訳だから,最終のテストが終わった後は,解放感と共に,けだるい眠気が襲ってくる。
 家に帰る前に,横山と大西と3人で,学校のすぐ近くにある百貨店に行った。店内は,高校生でごった返し,解放感を爆発させていた。
 洋服やパソコンのコーナー,最上階のゲームセンターで適当に時間を潰した。
 大西が,クラスメートの”寺垣”が住んでいる下宿へ行こうと言い出した。
 手みやげに,H本1冊,焼酎の5合ビン1本,梅酒1本,つまみ少々をカバンの中に詰め込んだ。(盗んだ。)
 寺垣の住んでいる部屋は,下宿の大家の家とは別棟になっている。
 庭に直接通じている入口のドアを開けると,部屋の畳の上で寺垣が,尋常でなく驚いた顔をしてこっちを見ている。しばらく間があいた後,寺垣は,
 「ノックしろよー!大家かと思ってビックリするじゃねーかー!」と叫んだ。指には火のついたキャスター・マイルドがはさまれている。
 ぼくらはどかどか上がり込んで,みやげ品を取り出した。
 「カギ,閉めといてくれよー。」そう言って,寺垣はコップの準備をする。横山は入口のカギを閉めてから
,部屋に転がっているキャスター・マイルドのカートン箱から1箱取り出し,勝手に吸い始めた。
 焼酎を,寺垣の部屋にあったペプシ・コーラの1リットルビンで割って,4人で車座になり,乾杯をした。
 ぼくはまだ,アルコールを飲むのは2度目だ。前回は,目の前の世界がグルグル回って,まともに歩けなくなり,結局,寺垣の家に泊まっている。
 ぼくは,酔いが廻る前にと思い,携帯電話を取り出し,家に電話を入れた。かあさんには,横山の家に夕食に呼ばれたから泊まってくると言った。
 見る気のないTVをつけ,とめどもない話をしながら時間が過ぎてゆく。ぼくはキャスター・マイルドに火を点ける。上を見あげると,天井が少し回転しているのが解る。煙を吐き,”輪っか”を造ろうとするがうまく出来ない。TVの音と横山らの声が,ぼくと天井の間の煙った空間を行き来する。何の話なのかよく聞き取れない。眠い...。そういえば,3日間ほとんど寝てないんだ。けだるい...。天井にしみがある。しみも一緒に回っている。心地よい...。
 「ドン!ドン!...ドン!ドン!...」突然,入口のドアを叩く音がした。誰か来た!大家か?大家に酒を飲んでる事がばれたら謹慎処分は間違いない。緊張が走る。部屋の中をTVの笑い声だけが支配していた。
 「おーい。入れてくれよー。」
 大坪の声だ。ホッとして大西がドアを開けると,大坪,武田,ガメラの3人が立っていた。
 大坪は,「何だよ!飲んでんじゃねーかよー。」そう言って上がり込み,台所からラーメンのどんぶりを1皿持ってきた。
 「駆けつけイッキ!焼酎の梅酒割だ!」大坪はそう言って,どんぶりに焼酎と梅酒を5:5の割合で注ぎ込んだ。
 大坪は一気に飲み干すと,武田が「次は俺だ!」と言ってどんぶりを奪う。
 寺垣は新しい焼酎の1升ビンを台所から持ってくる。
武田が飲み干すと,「次はガメラ!」と大坪が言った。ガメラは顔をひきつらせている。ガメラは,その名の通り,とても勇ましい顔をしているのだが,もの凄く気が弱い。大坪は,1升ビンを無理矢理ガメラの口に突っ込んで飲ませた。ガメラは目を瞬かせながら飲む。だいぶん時間がたってから,ガメラは1升ビンを払い除け,咳き込みながら,台所で水をがぶ飲みした。
 大坪はいつもこうやってガメラをいじめている。それなのに,どういう訳かガメラはいつも大坪のそばに居るのだ。結構,慕っているようにも見える。こいつの心理は全くもって不可解だ。大坪は大坪でガメラをいじめながらも,結構,面倒を見ている。この2人の関係は謎だ。
 寺垣が将棋の駒を取り出してきた。こいつに将棋の趣味があったのかと思い,吹き出しそうになった。
 「将棋くずしをやろう。負けた奴がイッキだ。」将棋くずしとは,また渋い...。死語だ。
 ”どんぶり”は,あんまりだから,”ちゃわん”にした。
 みんな酔ってきてるから,将棋の駒は次々に崩れた。駒が崩れるたびに,悲鳴と歓声が沸き上がる。焼酎はどんどん減っていった。
 大坪が「酔い覚ましだ!」と言って,焼酎の水割りに氷を加える。
 氷とちゃわんの奏でる音が,風鈴に似てすがすがしい。音の謎,音楽の謎はこんな所に隠されているのかもしれない...。
 「ドン!ドン!...ドン!ドン!...」突然,入口のドアを叩く音がした。誰か来た!大家か?
 「寺垣くん!カギを開けなさい!」大家だ!
 ぼくらは音を立てないように動きを止め,息を殺した。時間がゆっくりと流れてゆく。しかし,こんな中にも冷静な自分が居て,「緊張してても,やっぱり酔ってるんだなー。」なんて考えている。大家のおばさんが外で何やら延々と喚き続けている。みんな,突然,動きを止めたものだから,無理な体勢になっている。横山なんて,右の手のひらと左足の膝小僧だけで体を支えている。動きを止めているつもりでも,酔っているから,みんな大なり小なり振動している。そんな光景を冷静な目で眺めていると,吹き出しそうになった。どれくらい時間がたったのか,大家のおばさんの声が聞こえなくなった。諦めて帰っていったのだろう。
 ぼくは,ひそひそ声で寺垣に聞いてみた。
 「お前,明日から大丈夫か?」
 「大丈夫。いつもの事だよ。」と寺垣は,ひそひそ声で言って笑顔を見せた。しかし,笑顔はこわばっていた。
 大坪が「どこかに出かけよう。」とひそひそ声で言った。
 ぼくらは,なるべく音をたてないように部屋を出て,下宿の敷地から離れた。空には星が瞬いている。空は回転している。歩道をあてもなくフラフラと歩いてゆく。
 横山が「カラオケに行くか?」と言ってカラオケBOXの方向へ進み始めたのだが,みんなヨタヨタしてなかなか進まない。イッキ飲みのやりすぎだ。目の前の歩道がゆっくりと回転している。
 ぼくは,歩道から車道に出て歩き出した。
 自動車が避けて通ってゆく。横山と大西と大坪も一緒に車道を歩き出す。
 ガメラが悲痛な表情で「やめよーよー。ちゃんと歩道を歩こーよー。」と訴えている。
 たまに,車の中から罵声を浴びせられた。車を止めて睨みつけていく奴らもいる。そのたびに,「うるせー!バカヤロー!」と怒鳴り返してやった。大坪の怒鳴りかたが一番凄かった。
 市内を流れる一番大きな川。その川に架かる橋のところまで来た。かなり酔いが廻っている。どこかで休みたい気分だ。
 橋に隣接した敷地は,広い駐車場になっていて,自動車がたくさん停まっている。駐車場の中には,背の高い照明灯がいくつか建っている。
 この辺りは,旧市街の商店街で,元々,駐車場が少ない。最近では,市街の近郊に次々に建てられる広い駐車場を持った大型店に客を奪われ,シャッターを降ろす店が増え始めた。そこで市が商店街の活性化のために,潰れた店の敷地を1ヶ所にまとめて造った駐車場なのだ。この駐車場の他にも,旧市街の活性化のために造られた場所がいくつか在り,河川に面した所に造られている芝生の広場では,日曜日の午前中にいつもフリーマーケットが開かれている。
 駐車場の空いたスペースに寺垣が寝ころんだ。ぼくらも次々にアスファルトの上に転がった。
 近くで「おーい。」と声がする。
 見ると,横山が駐車してある車の屋根の上に乗って何やら歌いながら踊っている。
 夜の闇の中,照明のスポットライトを浴びて,車の上でヨタヨタ踊る酔っぱらいが1人。その光景は,シュールでインパクトがあり,結構笑えた。
 ぼくらも真似をして,次々と車の上に上がって大声で歌いながら踊った。たまに通る歩行者は,遠巻きに見ながら足早に通り過ぎてゆく。今どきの高校生が集団で騒いでいるのだ。注意しようなんて気にはならないのだろう。
 ぼくらは,車から車へ跳び移り,屋根の上を走り廻った。
ガメラは,「やめてください。お願いします。」そう何度も涙声で訴えながら,ぼくらの方に向かって土下座している。
 「うおーーーー!」
 遠くの方から,うなり声が聞こえた。振り返ると,駐車場の奥の,でっかいトラックのテッペンに大坪が立っている。トラックの隣には,いかにも高級そうな感じのベンツの黒いリムジンが停まっている。大坪のやりたい事は,よーく解った。
 大坪は,右の拳を空に突き上げ,不敵な笑いと共に「いくぞーーー!」と叫んだ。
 大坪は星空に向かって舞った。星空をバックに,大坪の体はスローモーションの様にゆっくりと降下していくように見えた。
 大坪は,リムジンの屋根に降り立った。
 「バン!!!」
一瞬遅れて,鈍い音が辺りに響いた。
 リムジンの屋根は,かなりヘコんでいるように見える。
 ここまでやったら,さすがにヤバい。
 ぼくらは,大坪を置いて走った。走って走って,3ブロックほど離れた広場まで来た。ぼくらは広場を覆う芝生の上に倒れ込んだ。
息をきらしながら,ぼくらは大声で笑った。最高の夜だ!
 仰向けになって空を見上げると,満天の星空。空がゆっくりと回転している。こんな空の下でいつも眠れるのなら,ホームレスになってもいい。だって,こんなにも星が瞬いているじゃないか。
 そよ風が吹いている。火照った体には心地よい。蛙の集団の鳴き声がかすかに聞こえる。蛙も1匹の鳴き声は耳障りだが,集団になると声が重なり合い,心地よい音に変わる。音の秘密...。音楽の秘密...。
 しかし,眠い...。目を開けているのがやっとだ...。ほとんど寝てないんだから当然か。
 空を流れ星が流れた。最近よく見る。今日の流れ星は,空の回転に合わせて少しカーブしていた。ぼくは目を閉じた。そのまま深い眠りへと落ちていった...。

つづく

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