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 その日の午後は、職員室で過ごすことになった。担任と二人きりで話をした。みんなは、この先生を、「青ハゲ」って呼んでいる。顔色の悪いハゲって意味だ。神経質だからって、みんな嫌ってるから、ぼくも冷たく接してはいるが、映画好きのぼくには、ウッディ・アレンって感じで何か憎めないところがあるんだ。
先生は、ぼくの昨夜の行動について、いろいろ質問してきた。
 職員室に来る前に、大西達に口止めされていたので、駐車場で暴れたことは、絶対に言わなかった。
 その後の「覗き」については、正直に記憶が無いことを伝えた。ただ、自分は、そんなことをする人間じゃない。という風なことを強調して答えた。
辛そな表情で質問してくる先生を見て、少し気の毒な気がした。
 夕刻になり、教室に戻ると、女子生徒が三人ほど残っているだけで、他はみんな帰っていた。女子生徒のひとりが、「よう!」と言って、ぼくに手を振った。いつもは話しかけないくせに、こんな時は気を使うんだな。
 ぼくは、カバンを取ると、すぐに教室を後にした。

 家での夕食は、なかなか喉を通らなかった。
 部屋に籠もり、大西にケイタイで電話をした。「まいったなー。」そんな話をしばらく続けた。
しばらく、ボーっとしてからパソコンのスイッチを入れた。

BBSに投稿してから4日が経つが、彼女らしい人物からの返事はない...。

 期末テストの期間中の夜も、ぼくは、相変わらず、チャットの画面を開き、彼女を待ち伏せた。毎晩、彼女たちは現れた。とりあえず話しかけてはみるのだが、ほとんど相手にはされず、逃げられてしまうのだ。彼女たちが現れる時間帯はまちまちだ。午後9:00頃だったり、11:00頃だったり。彼女たちは、どこかで出没時間の打ち合わせをやってるんだろうか?
 彼女たちが現れるまで、ぼくは、パソコンの画面をつけっぱなしで、テストの勉強をした。飽きると、漫画を読みはじめる。たまに、部屋の外から母さんの足音が聞こえると、漫画の本を机の下にサッと隠し、勉強をしているふりをするのだ。
 ぼくは、たまにチャットに異常がないか、画面をチェックしたのだった。


パソコンの起動が完了すると、これまでと同じように、チャットのページにつなぐ。
 ぼくは毎晩、何をやってるんだろうか?これじゃあストーカーと呼ばれても仕方がない。
 こんなぼくだ。昨夜、「覗き」をやったってのも、本当の事なのかもしれない...。

 もう「日記帳」を返すなんてどうでもいいかな。けど、彼女たちがやっている「チャット荒らし」は、はたから見ていると、なかなかおもしろい。今夜は、もう、話しかけたりせずに、ただ、成り行きだけをながめてようか...。
 そんな事を考えていると、画面に動きがあった。

   地獄のベイダー卿 さんが入室されました。
   ハカイダー1号 さんが入室されました。
........

   管理人>諸君。われわれは仲間だ。これからはこころよく君らを迎えようと思う。       過去は水に流し、お互い手を携えて、このページを盛り上げていこうでは       ないか。

   ハカイダー1号>何をおっしゃるウサギさん>管理人
   地獄のベイダー卿>言ってる意味が解りません>管理人
   グロテスクなおっぱい>君の黄門様を、いじいじしたい。>管理人

   管理人>テメー!!!!!!!!!!!!!!!

 またまたチャットは大騒ぎだ。
しかし、今日はいつもとは違う。「さすらいの峰不二子」が居ないのだ。どうしたんだろう?
 結局、地獄のベイダー卿らは去っていった。ぼくは追いかける気にはならなかった。
彼女が二度と現れないなんて事があるだろうか?不安が襲う。
 投稿したBBSをチェックしてみよう。(けど、どうせ彼女は現れない...。)
 あの食い倒れのBBSをチェック。
 ぼくが投稿した後には、チラホラとぼくへの回答があった。
   「あなた何考えてんですかー」
   「ページ間違えてませんかー」
   「頭、大丈夫ですかー」
 示し合わせたような画一化された回答ばかりだ。
 これまでとあんまし変わんないな...。そう、つぶやいて、スクロールさせてゆく...。

 その瞬間!時間が止まったように思えた。
 その一瞬を、ぼくは今も忘れない。

タイトル     空について
投稿者      ルパンの恋人
メールアドレス  
記事:
  怪盗Lさんへ
 クレーンに魅せられる気持ち、あたしにも解るよ。夕空にそびえるクレーン。本当に美しいと思う。
 あたしには、クレーンよりももっと魅力的に思えるものがあるよ。
 あたしが好きなのは鉄塔。上空の高圧線を支えるために立ってるやつ。
あたしは、もともと都会の方に住んでたからなのかもしれないけど、あんまし見かける事がなかった。最近、旅をするようになって、よく見かけるようになった。
 列車の窓から見える鉄塔。
 田んぼの中や、山の斜面に立ってるのを、よくデジタルカメラに納める。
 鉄塔って、背が高すぎて、周りに肩を並べるものが居ないの。
 青空をバックに、ひとり立ちつくす鉄塔は、「孤独」で、見ているだけで悲しくなってしまう。見とれてしまうの。今は暖かい季節だからいいけど、寒くなったら見てられるかな?
 この間、夢を見たの。枯れたススキに覆われた野原を、あたしは歩いている。少し風が吹いていて、寒いなって思うの。それは具体的で、肌が寒いんじゃなくて、心が寒いなって思うの。空は晴れていて、秋特有の細長い雲があちこちに流れている。そして、遠くの方を見ると、鉄塔が1本立っているの。
 夢から目が覚めたあたしは、悲しみの中にすっぽりと埋まってしまったわ。鉄塔のその後の「運命」と、私の「未来」が重なり、不安で朝が待ち遠しかった。
次の日、その街の図書館へ行き、美術のコーナーを調べたの。「不安」の正体を探るヒントがないかと思ったからよ。
 デ・キリコの絵画を特集した本を広げてみたわ。
 巨大な建物。長い影。絵の隅に追いやられた空。小さくはためく旗。多くの絵に共通点があるの。
   キリコの描く巨大な建造物は、見る者に「不安」や「孤独」を感じさせる。
そんなコメントが載っていたわ。何故なのかしらね。研究すれば、結構おもしろいかも。
 
 君の投稿した文章。結構おもしろかったよ。巨大な建造物に惹かれる理由は、建造物にあるのではなく、空にあるのだってところ。結構いいとこ突いてるのかも。

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